「アスランさんって、どんな娘が好みだと思います!?」
「え?」


 ある日、メイリンは思い切って、アスランの親友のキラに尋ねてみた。
 キラはきょとんとメイリンを見ている。

 出逢った当初は、神々しく別世界の住人にさえ見えたキラも、仲良くなるにつれて、意外とこの手の話題には年相応の反応をしてくることが解った。

 それはアスランにしても同じだ。最初は別世界のエリートへの憧れだった。アイドルファンのような『好き』で、恋ではないと思っていた。
 だけど、彼が窮地に立たされた時、命をはってでも守りたいと身体が勝手に動き、アークエンジェルで彼の素顔を知って、それは本当の『恋』になった。


 格好良く、でも不器用で完璧じゃない彼を好きになってしまったのだ。


「やっぱり、メイリンはアスランのことが好きなんだね」
「……はい。アスランさんには迷惑かもしれないけど…」

  せめて、アスランさんが好感が持てる女の子になりたい。
 メイリンの真剣な様子にキラはふわりと笑う。

「そのままでも充分だと思うよ?」

 うっ!殺し文句。
 メイリンの顔が真っ赤に火照る。
 アスランもある意味そうだが、この人は正真正銘の天然タラシだ。

「あらあら。どうしました?」
「ラ、ラクス様!」

 ヤバいヤバい。ラクス様の前で、少しでもキラさんに気があるような素振りなんてみせたら………怖いから考えたくない。

「ア、アスランさんのリサーチ…です」
「まぁ。それなら私も協力致しますわ。一応は元婚約者ですから、彼の弱みなら一つや二つ」

 いや、ラクス様。私は弱点を探したいんじゃないんです。

「ラクス様は…もう、アスランさんに心残りはないんですか?」
「ええ。全く」

 躊躇いない答えと輝く笑顔はいっそ清々しい。

「メイリンさんも、キラは、好みではありませんでしょう?」
「は、はい!」
「ラクス。ぼくはメイリンを彼女に似ていると言ったけど、それは外見だけなんだし、別人だとちゃんと認識してるから」

 彼女?
 メイリンの怪訝そうな瞳に、キラは苦笑気味に答える。

「君に似ている赤毛の少女がいてね。でも、性格は全然違うよ。正反対なくらい……ぼくは守れなかった」

 言いながらその表情に陰りが見えてくる。過去を痛む顔だ。

「キラ…」

 ラクスが不安げにキラを見上げる。そんな彼女に、キラは安心させるように首を横に振り、再びメイリンの方に顔を向け、微笑んだ。

「君と彼女を混合してるわけじゃない。でも重ねてはしまう。だから君には彼女と違い、幸せになって欲しいんだ。笑っていて欲しい。ぼくは君の友人として、応援するよ」

 キラの言葉に、ラクスも続く。

「ええ。私も。メイリンさんは(恋のライバルにならないなら)とても大切な友達ですから」
「キラさん、ラクス様!」

 なんて力強い味方なんだろう。
 メイリンは感激し、感動した。

  死ぬかと思ったザフト脱走だったが、心の底から、こっちに着いて良かったと思う。
 姉と比べビンボーくじばかりだったメイリンに、ようやく光が照らされたのだった。









 ある日、親友にいつものように、笑顔でお願いをされた。
 アスランは滅多な理由がない限り、キラのお願いを断れた例がない。
 今回のキラのお願いも、果たして例外ではなかった。


「アスラン。メイリンと付き合ってね」
「………は?」

 買い物に?なわけがない。此処は宇宙だ。

「メイリンはアスランのこと、好きなんだよ。だから付き合ってね」

 付き合って?じゃなく断言系。最近のキラの言い様は、お願いというより脅迫に近い。
 しかし、こうまで言って来ると言うことは、メイリンに相談でもされたのかもしれない。キラは恋のキューピットを買って出たというわけだ。
 だがアスランにも言い分はある。

「……メイリンの気持ちは…気付いていた。だが、俺は今(女難に懲りて)誰かと付き合う気にはなれないんだ」

 正直に気持ちを告げ、この話はこれで終わりにしようとしたのだが…。
 キラの普段ない低い怒りの声がアスランをビビらせた。

「……酷いね。アスラン。メイリンは君の為に命をかけたのに、君は女の子を、利用するだけ利用して捨てる。そんな最低な男だったなんて、失望したよ」

 キラは軽蔑の眼差しを向ける。そりゃもう人を氷付けさせそうなくらいの冷気を放ちながら。
 アスランは慌てて弁解した。

「そ、そんなつもりはなかった。な、なり行きで」

 て、なんだかさらに酷い言い様になってしまっている気がする。
 顔を俯けたキラは小さく呟く。

「…似てるんだ」
「へ?」
「あの子は容姿が少し…ぼくが、守れなかった人に似てる。だからぼくの自己満足だとしても幸せになって欲しいんだ」

 先程とは打って変わり、涙声のようなか細さで、キラは訴えてくる。身体をかたかた震わせ、その頬からは一筋の涙が伝う。

「キ、キラ」

 その似ている少女の話は聞いたことがある。キラが彼女の死に、どれだけショックを受けたのかも、知っている。
 だがキラの言っていることは、極端に言えば「ぼくの自己満足とメイリンの幸せの為に、犠牲になってね」ということなのではないか?

「アスラン」

 キラは潤んだ瞳でアスランに懇願する。
 キラの涙に昔から弱いアスランは、さらに揺ぐ。
 ちなみにキラは、主張こそ本音だが、動作は全て演技だ。これも逆境を乗り越えて、できるようになった賜物だ。

 その後、役者キラに最凶の助けっ人ラクスが加勢し、ほどなくアスランは折れた。




 で、百歩譲ってアスランが出した答えはこうだった。

「と、友達から始めないか」
「……え?」

 物陰から見張っていたキラは呆れた。「ウブにもほどがあるだろ」と。
 自分もフレイに恋していた時、「恋人なんて高望みはしないけど、友達になりたいな」とか思っていたりしたのは棚上げだ。

 メイリンはこれで満足するのだろうか。


 答えーー満足以前の問題だったのだ。


「わ、私、まだ友達以下だったんですかぁ!?」
「いや、その」
「出逢ったばかりのキラさんもラクスさんも、私を『大切な友達』って言ってくれたのにっ、アスランさんにとって私なんか、まだお姉ちゃんの妹くらいの認識だったんですね!」

 コンプレックスを露呈しながら、泣き喚き去るメイリンにアスランは成す術がない。

「あ」

 手だけ前に伸ばし、その場に突っ立ったまま。

 暫く固まっていたかったが、背後から悪寒が走り、我に返らざるえなかった。

 背後には鬼ーーじゃなくて、無論キラがいた。

「アスラン〜?メイリンを泣かさないでって言ったのに!」

 そんなことまでは言ってなかっただろ。

 キラは動かない不抜けアスランに変わって、メイリンを追いかけようとしたが、ラクスに呼び止められる。

「キラ。貴方ではダメです。アスランが行かなくては」
「しかし今、俺が行くと逆効果では…というか、なんて弁明すればいいか纏まっていな…」

 うだうだ言うアスランを、ラクスはキラには気付かれないように、一睨みして黙らせると、そっと、耳打ちする。

「もしキラを慰め役に行かせて、メイリンがキラの優しさに惚れてしまったら、アスランをお怨みしますわ」

  ……女帝の恨みほど、この世に恐ろしいものはない。

 アスランはこれまでの躊躇いが嘘のように、その駿足を遺憾なく発揮した。




 五十歩百歩。

 五十歩譲ってアスランが再度出した答えはこうだった。

「と、友達ではなく恋人として、清く正しい男女交際をしていこう。メイリン」

「古っ!」と、二人を心配で、アスランには劣るが、駿足で追いかけてきたキラは、内心突っ込んだ。が「自分とフレイは、かなり間違っちゃったよなぁ」と痛い古傷を思い出したりし、「うん。失敗しない為にも、あれくらいがいいのかも」と納得に至った。

 問題はメイリンの反応だ。

  アスランは、アスランで、これでまた泣かれたら、キラとラクスに殺される!と告白した直後だと言うのに、顔は真っ青だ。

「あの…顔色悪いですよ?」
「は、走ってきたから、さ、酸欠で」
「はぁ」

 苦しい言い訳をするアスランにメイリンは釈然としない。

「…突然、告白してきたのは、キラさんに私の気持ちを聞いたからですか?」
「あ、ああ。キ、キラとラクスのラブラブぶりを見たら独り身も寂しくなってきてな」

 脅されたとは言えまい。

「分かります!あの二人は誰もが憧れる宇宙最強のカップルですよね!」

  訂正したい。誰もが恐れる最凶カップルだ。

「私、ラクス様みたいな完璧な女性じゃないですけど…付き合ってくれますか?」

 メイリンは自信なさげにアスランを見上げた。
 比較対象がラクスでは不安になるだろう。アスランは安心させるように優しくメイリンの頭を叩き、頷いた。メイリンは嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔を見て、青かったアスランの顔も、ほんのり朱に染まった。

 陰ながら、見ていたキラは、「よし!」と小さくガッツポーズ。
 さらに陰から様子を伺っていたラクスも満足げに微笑んだ。






「君と付き合って、本当に良かった」
「どうしたんです?急に」
「普通の感覚を持つ人と共にいるのが、こんなに癒しになると思わなかった!」
「普通って…」

 メイリンは苦笑するが、アスランはそれを渇望するほどまでに平穏に飢えていた。
  なんせ、あの唯我独尊カップルと共にいると、常に世界は非常識だらけになるのだ。
 悲しいかな、それでもアスランは二人を好きなので、離れることはできない。

 そこにオアシス、いや救世主メイリンがやってきたのだ。


「普通が一番好きになって貰っている利点っていうのも複雑…」


メイリンは溜め息を付いた。
だが、なんだかんだいって二人は、キラとラクスに振り回されながらも、幸せな日々を過ごしていた。