泣き虫なキラ。
 泣かないでキラ。

 −−−−−−−−−泣いてくれ、キラ。



「…お前、泣かなくなったな」
「もう大人だよ?いつまでも泣き虫なわけないじゃない」
「それはそうだが……」
「ああ、アスランは泣いたね。アークエンジェルで目覚めた時と……あの娘が亡くなった時」
「……泣くのは人である証だ」
「それって遠回しな嫌味?ぼくのことはもはや『人』ではない『化け物』だって言いたいのかな、君は」
「………泣いてくれるか?」
「え?」
「俺が死んだら、お前は泣いてくれるか?」
「……どうだろうね」
「俺は泣いた」
「それはどうも」
「きっとお前が死ぬ度に俺は泣くと思う」
「そう何回も死にかけたくないんだけど」
「泣いてくれるか?」
「なんか、想像できないんだよね」
「何が」
「ぼくより先に君が死ぬってさ。ぼくもしつこい方だけど君はさらに粘着質っていうかさぁ」
「……じゃあ今此所で死んで見せたらお前は―――」
「なんで自らむざむざ命を捨てる愚者の為に、ぼくが泣かなきゃなんないわけ?」
「例えラクスが自害したとしても、お前は同じことが言えるのか?」
「ラクスはそんなことしない」
「お前はラクスに幻想を抱き過ぎだ」
「ぼくは君よりはラクスを理解しているよ。ラクスを偶像崇拝してるのは国民の方だ。ラクスが万が一自ら命を絶つとしたら、それは自殺じゃない。『世界』に殺されたんだ」
「…ラクスが死んだら泣くか?」
「うん。泣くよ。いや…泣く前に喉をカッ切ってるかな。ラクスが死ぬ時はぼくが死ぬ時だ」
「――――れ」
「え?」
「俺の為だけに泣いてくれ!」
「………何言ってるの?」
「お前が俺を悼んでくれなかったら、俺は存在そのものを否定されたも同然なんだ!」
「君を悼んでくれる人はぼくじゃなくても、いっぱいいるよ」
「お前は?お前は俺を本当はどう思っている?俺が―――嫌いなのか?」
「別に。好きだよ。ぼくはぼくを好いてくれる人は皆好き。平等に好き」
「―――ラクスを除いて、か」
「うん。彼女は別格。特別だから」
「……実はさっき、キラを俺のものにする方法を思い付いてね」
「はぁ?」
「俺がラクスを殺したら、お前は泣きながら俺を殺しにきてくれるだろうな」
「………笑えない冗談はやめてくれない?」
「ははは、悪いな。もう実行してしまった後だったりするんだ」
「っ!」


 青褪めたキラは駆け出した。

 いってらっしゃい、キラ。
 せいぜい最期の逢瀬を楽しんでくればいい。
 





「アスランっ!」


 おかえり、キラ。
 早かったな。
 ラクスとは、もういいのか?

 尤も物言わぬ死体とでは会話の仕様がないだろうがな。


「何故っ!?何故ラクスを!?」
「俺の為に泣いてくれないのなら、せめてお前の手で俺を終わりにして欲しかった」
「そんなわけの分からない願望の為にラクスを殺したのか!?」
「最期に見るお前の顔は絶望に満ちた泣き顔が良かったんだ」


 期待通りだよ
 その泣き腫らしても尚嘆きの雫を落とす、憎悪に煮え滾った瞳は俺しか映していない。

 俺だけのキラ。


「憎くて愛しいキラ。お前だけ幸せになるなんて許さない」



 俺にとって、この世で一番愛しいのはキラ。この世で一番憎いのもキラ。
 だが、キラ。お前の一番は俺ではない。
 一番愛しいのはラクス。
 これはどう頑張ったってもう覆らない不変な事実。
 だけどその一番愛しい者を殺せば、俺はお前の一番憎い存在にはなれるだろう?


「君を殺して、ぼくも死ぬっ!」
「最高の愛の告白だな」


 さぁ早く。
 お前の涙が涸れぬうちに
 ラクスへの愛よりも俺への憎しみが勝っているうちに

 俺を殺して

 お前も死んでくれ。













 ぼくの人生の中には二人、守りたい少女がいました。
 二人とも気高く美しく、ぼくには釣り合わないほど眩しい存在でした。


『泣かないで。貴方はもう、泣かないで』


「二年前、そんな夢を見たんだ。泣いているとね、泣かないでって彼女が言うんだ」
「だから貴方は泣かなくなったのですか?」
「弱い自分が嫌いなんだ。フレイもよく泣くぼくを見て呆れてたよ」
「私は強い貴方も弱い貴方も大好きですわ」
「ありがと。ぼくも君の強さと弱さ、どちらも大好きだよ…君はぼくの弱さを受け止めてくれる唯一の存在だから。でもぼくは今度こそ泣かないって、彼女に誓ったんだ」
「……星になられた方には叶いませんわね」
「え?」
「だってキラは『泣いていい』と言った私の言葉より、『泣かないで』と言った彼女の言葉を選んだのでしょう?」
「そ、そんなつもりじゃないよ」
「あら、そういうことですわ。なら私も彼女と同じ位置に立ったなら、貴方は私を選んでくれるのでしょうか?」
「え?ラクス?」
「私も星に還れば、貴方は――…」
「やめて!そんなこと言わないで!君がいるからぼくは生きることを選んだんだ!」
「冗談でも言ってはいけないことでしたね。ごめんなさい」
「ううん……ぼくこそ怒鳴ってなってごめん」
「私もつい剥きになって…けれどキラ、私は生を軽んじる暴言を吐いてしまえるほど、貴方を愛しているのですわ」
「ぼくもだ、ラクス。ぼくはこれからも泣かないけど、君に何かあったら泣くからっ。泣いてしまうから……ぼくを泣かせないでね」
「はい。この世の一切の哀しみから、私が貴方を守りますわ」
「ぼくも、ぼくが泣かない為に君を守るよ」



『泣いて、いいのですよ。だから人は泣けるのですから』



 泣いている。
 ぼくが………泣いている。

 身体が干涸びるくらい瞳からは雫が零れ落ち続ける。

 二年分、いや、一生分泣くよ。
 ぼくは君を守れなかった。
 君はぼくを守れなかった。

 この世は哀しみで充満しているよ。

 だって君は死んでしまった。

 彼に殺されてしまった。

 ラクスは何も悪くない。彼を狂気に走らせたのは、このぼく……。


 あぁ。ラクス。フレイ。
 ぼくにはもう守るべき誓いも約束もなくなってしまった。

 守るべき君を失ってしまったから。

 君達を守れなかった無力なぼくに誰か、報いと安らぎを下さい。


 いや、

 ぼくにはラクスしかいなかったんだから、彼女を失った今、ぼくに何かを与えてくれる存在などもう誰もいないんだ。



 だからぼくはぼくへと死を与えよう。



 誰もぼくを悼まないでください。

 どうか生き地獄から逃げ出し、罪を投げ出した、自分に甘いぼくを罵ってください。

 こんな最抵なぼくですが、この上まだ我が儘を一つ遺して逝きます。

 ラクスとぼくを同じ場所で寝かせて下さい。

 きっと彼女は天国で、ぼくは地獄行きだろうから、せめて亡骸だけでもラクスに寄り添っていたいのです。