オーブで働くようになって初めて有給休暇を取った。
 理由は親友からぽつりと呟かれたお願いのせい。


『明日、アスランとラクスと三人で遊びに行きたい』


 相変わらず無表情で抑揚のない声音だったが、戦後引き籠もり続けていたキラが自ら外に出たいなどと言い出しただけで大きな進歩だ。
 もちろんそんなキラの頼みを無下にはできない。



 昼前に二人を迎えに車で行った。

「で、何処に行きたいんだ?」
「……公園」
「公園でピクニックですわアスラン」


 彼等が指定したのは、なんとも金のかからない遊び場だった。
 芝生の上にシートを敷いて、お昼を食べて、日向ぼっこをしながら他愛のない会話を延々とした。
 こんなに緩やかな時間を過ごすのは本当に何時以来だろう。



「ティータイムにしましょう」
「……ティーセットまで持ってきたのか」

 通りで荷物が多かったはずだ。外でそこまで本格的にやらなくてもいいものを。
 荷物を取りに動こうとする俺をキラは制した。

「いいよアスラン。ぼくが持ってくるから」

 キラの後ろ姿を見ながら座り直す。隣にいるラクスはふふっと楽しげに笑い出した。

「ラクス?」
「いつかアスランに私、言いましたわよね。
『アスランとキラ様と三人で、お茶会を開ければ良いですわね』って。夢が叶いましたわ」
「……ああ」

 まだラクスとは婚約者同士で、キラとは敵対関係にあった頃に、そんなことを言っていた気もする。

 あの頃は叶わぬ夢物語にしか聞こえなかった戯言が今此処にある。



「お待たせ」

 キラが持ってきたのは、ティーセットとナイフやフォークなどの食器の入ったカゴと、四角い大きな箱。

「カリダさんに教わって私とキラで作りましたのよ」


 ラクスが箱の蓋を開けた。




「…………あ」


「やっぱり忘れてたんだ」
「アスランらしいですわね」


 箱の中にはホールケーキ。
 プレートにはこう書かれていた。


  『Happy birthday! Athrun』


 キラはとびっきりの笑顔でアスランを祝福する。

「誕生日おめでとう」

 キラのこんな笑顔を見るのは本当に久々でーー酷く懐かしかった。


「Happy Birthday to You〜♪」


 ラクスが優しい声で歌いだした。アスランの誕生日を祝う為に。
 キラは蝋燭に火を灯す。
 そして俺はその灯火を消した。






「仕事を休ませてごめんね」
「帰りにショッピングをしましょう。お詫びと誕生日プレゼントを選んで下さいな」

 ケーキを食べ終わる頃に二人はそう言った。
 しかし仕事を休ませたのも俺のためだろうし、プレゼントならもう貰っている。

「キラの笑顔とラクスの歌が何よりの誕生日プレゼントだよ」

 心からの本音だったのだが、キラは呆れ、ラクスは茶化した。

「……アスランって安上がりだね」
「あら?私の歌は高いですわよ?」
「あ、うん。ごめん。そういう意味じゃなくて、えーっと…」
「ふふ。冗談ですわ。私の歌で良かったら幾らでも差し上げますわ。リクエストにもお応えしますわよ?」

 そう言われて耳に蘇ってきたのは、婚約を剥奪されキラの生存を知らされた、あの日彼女が唄っていた歌。

「なら、『水の証』を」

 あの日、ラクスに逢えなかったら、俺はきっとザフトのアスラン・ザラのままで、ラクスとキラとは敵対し、もしかしたら二人を殺していたかもしれない。
 二人と共にいられる今の運命はこの歌により導かれたと言っても過言ではないと思う。

 ラクスは歌い出す。
 キラは心地良さそうに微笑んでいる。


 こんなにも誕生日が、特別で幸せなものだと感じたのは初めてで嬉しい一方、見えぬ来年という未来に不安が過ぎる。


 突如不自然に歌が止む。

「……アスラン?」

 歌の代わりに耳に届いたのはキラの心配そうな声。

 キラとラクスが、まるでアスランの不安が感染したような不安げな顔でこちらを見ていた。

「どうかしたのか?」
「それはこっちのセリフですわ」

 ラクスはそう言い、キラは俺の目許に痩せた指を霞ませた。

「涙」
「え?」
「泣いてる…アスラン」

 キラの指先は濡れていた。

「きっと…幸せ過ぎて泣いてしまったんだ」

 大袈裟な、と二人は笑う。
 しかし二人には解っていた。
 今こうして三人でいられることが奇跡に等しかったことを。

「大丈夫ですわアスラン。これはシンデレラにかけられた魔法ではありませんもの」
「今日が終わっても、明日も明後日もアスランは幸せだよ」
「本当か?俺の幸せはお前らにかかっているんだからな」
「うん。大丈夫だよアスラン」

 何を根拠に二人は『大丈夫』などと言えるのだろう。特に当てになった例の無いキラの『大丈夫』に、説得力など皆無だ。
 結局『大丈夫』など、気休めか希望的楽観に過ぎない。

 それでも今はその『大丈夫』に縋り付きたくて、俺は頷いた。


 頷けばーー彼等を信じれば、ずっとこの幸せな日溜に居続けられる気がしたんだ。