戦争が終わる。
ぼくは生き残った。
何故?
死ぬつもりだった。なのに守ると約束した人を死なせ、ぼくは生き残った。
「………」
偶然、視線の先にナイフがあった。
これは神様のお導きなのだろうか。
これで彼女の元へ逝け、と。
逝って謝れと。
そうだね。
今逝くよ。
何百回だって謝るよ。どんな我儘だって聞くよ。
約束を守れなかった罰を償うから。
痛い。
暑い。
寒い。
苦しい。
でも大したことじゃない。
これらを感じなくなった時、終わる。
やっと総てがーー。
「キラっ!」
遠くに彼を呼ぶ声と、甲高い悲鳴が聞こえた。
「何をやっているキラっ!」
何を?
アスランこそ何を今更聞くのだろう。
なんで毎回聞くのだろう。
「見て分かるでしょ」
無数の傷が刻まれた腕に、また新しく出来た一筋の線。
そこからどくどくと血が流れていく。
「リストカットだよ」
アスランは直ぐさまキラの腕を取り、止血を始める。
「どうしてこんなことばかりする!?」
「アスランこそ、どうしていつも止めるの?ぼくにもう死ぬ気がないことくらい、分かっているでしょ?」
あの日、一命を取り留めたぼく。
そう、死ねなかったのだ。
首を切ったのはあの時だけ。
「『生きる方が闘い』なんでしょ。だから闘ってるんだよ。ぼくは」
今では生きることにも死ぬことにも、罪を感じてしまう。
だから、こうするしかないのだ。
「キラ…」
アスランがいつものように哀れんだ瞳でぼくを見る。
「くっ、あはははは!」
こうやってぼくが狂った様に笑い出すのも既に日常茶飯事。
アスランも皆も、きっとぼくは戦争のショックでイカれてしまったのだと思っているだろう。
「キラ、大丈夫だから。お前は何も考えなくていいから。今度病院に行こう。俺もついていくから」
ついに精神科に連れて行かれるのかな。ぼくに自覚が無いだけで、もしかしたら本当に精神異常者なのかもしれないし。元々誰とも違う存在なのだから、おかしく造られていたのかもしれない。
成功作だなんて勘違いで、本当はどうしようもない欠陥作品。そうに違いない。
「ほんと、もう何も考えたくないよ。いっそ人形になりたい」
「…キラ」
さらに同情、憐憫を濃くしたアスランの眼差しが、キラをどうしようもなく追い込んでいった。
君はマルキオ導師の屋敷をぼくの鳥籠と勘違いしていない?
もしかしてそれでぼくを捕らえたつもりでいるの?
君の造った檻なんて、ぼくは簡単に擦り抜けられるよ。
逃げないのはーー…君が造った檻なんかより、遥かに頑丈で居心地の良い檻がもう一つ存在するから。
「キラ。元気にしていたか?」
「…………」
初めは無理にでも笑みを造り、『大丈夫。心配しないで』とアスランを安心させる努力を一応していた。
だが一日も欠かさずやってきては同じことを繰り返すアスランに、そのうちその好意自体がうざったく感じでしまい、
『昨日逢ったばかりじゃない。毎日来なくてもいいのに』
とあしらうような言い方に変わっていった。
今ではもはや返事どころか視線すら合わせない。
それでもアスランはめげずに毎夜、キラが住まうマルキオ導師の屋敷にやってくる。
「新作のゲームを買ってきた。子供達とやるといい」
ご機嫌取りのつもりか、ケーキだったりゲームだったりと、キラの好きなものばかり貢ぎ物のように贈って来る。
「………」
やはり見向きもしないキラだが、アスランはその態度を気にする様子もない。
キラがアスランに辟易していることに気付いていながらやめようとしない。彼もある意味キラを無視しているのだ。
アスランは独り言のように、当たり障りない一日の出来事をキラの前で一通り話した後、キラの頭を軽く撫でて、部屋を出て行く。
毎日が同じ繰り返し。
だからこのまま彼が帰るわけではないことをキラは知っている。
母や導師に、彼の今日一日の動向を聞きにいっているのだ。最近まで自殺未遂ばかり起こしていたことを考えれば、何をするか気が気でないんだろうが、これではほとんど容疑者扱いだ。
アスランは母と父を失った。その上、弟も同然であるキラまで失ってなるものかと、過保護になり過ぎている節がある。
狂気すら感じるキラへの執着。
尤もキラはそれに畏れてなどいない。かと言って、アスランの為に屋敷に閉じこもっているわけでもない。
ただ、元々何処へも行く気がないだけだ。
そもそも他に居場所なんてないし、無気力な今の自分に旅に出るほどの行動力もない。
それにーー…。
「キラ」
彼女が此処にいる。
それこそが最大の理由だ。
『父が…死にました』
『大丈夫だよ。シーゲルさんの代わりに、ぼくが、君を守るから』
『必ず帰ってきて下さいね。…私の元へ』
『うん』
嘘を付いた。
守るつもりのない約束をした。そしてラクスもおそらく、それを見抜いていた。
が、自分の思惑とは裏腹に結果的として約束を破らずに帰還してしまったキラをラクスは優しく迎え入れた。
『お帰りなさい』
ぼくの為に微笑んでくれた。
ぼくの為に涙を流してくれた。
だけどもう一つの約束を守れなかったぼくに生きる資格はないと、死に急ごうとするキラに彼女はこう言った。
『貴方にはまだ約束が残っていますわ。私を守って下さるんでしょう?それに』
死の誘惑よりも強く、ラクスはキラを魅了する。
『あなたがいなければ、私は幸せになれませんわ』
キラの心は完全にラクスに囚われた。
「アスランは帰りましたわ。下でお茶をしませんか?」
「うん」
「アスランにはほとほと呆れましたわ。もはや何を忠告しても、火に油を注ぐだけですから適当に流していますが、キラは本当に大丈夫ですか?」
大方、またラクスにキラから目を離すなと監視命令でも出したのだろう。
「慣れたよ。ラクスこそ此処は嫌じゃない?」
人様の、しかもお世話になっている屋敷を悪く言うのは気が引けるが、クライン邸と較べると雲泥の差があるのは事実だ。
「いいえ。カリダさんもお優しいし、子供達も可愛らしいし、とても居心地が良いですわ」
「ならぼくはここにいるよ。君が此処を望む限りずーっと。だって」
例えぼくが自由に羽ばたける鳥だとしても、君の手から飛び立とうとはしないだろう。
「君がいなければ、ぼくは幸せになれない」
君こそがぼくの鳥籠。
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