Agapanthus(アガパンサス)1



「煌ァっ!!」

 キラとアスランは小さい頃からの幼馴染みだった。
 家が隣り同士、尚且つ、母親同士が仲が良かったこともあり、仕事で忙しい母親はアスランをよくキラ宅へ預けていたので、アスランは幼年時、キラの家で過ごした時間の方が圧倒的に長かった。だからその関係は親友というよりも、兄弟に近かった。

 世話焼きアスランに、甘ったれな泣き虫キラ。
  アスランは何だかんだ言って、ブラコンかというくらいに、キラを可愛がっていたので、キラに説教することはあっても、殴ったことは一度もなかった。

 今日の今まではーーー。



「…っ!」

  容赦ない拳は煌の人形のような顔立ちを歪めて、さらに身体を吹っ飛ばした。

「いたぁ…。人を裏庭に呼び出したと思ったら虐待?」

 口内を切ったらしい煌は血を拭いながらアスランを睨んだ。が、その顔はどこか楽しげで余裕さえ浮かんでいる。

「このっ!」

 アスランは、ゆっくり上半身を起こした煌の胸倉を掴み、強引に引っ張り立ち上がらせる。

「倒したり起こしたり、何がしたいわけ?変なアスラン」
「…謝る気はさらさらないようだな」
「謝る?ぼくが、君に、何を?」
「ラクスの事だっ!」
 


  ラクス。

 ラクス・クラインはアスラン達の通う私立の男子校と対の関係にある女子高の生徒。
 その可憐な容姿と、美しい歌声は人々を魅了してやまなく、ファンクラブとて存在しているらしい。
 そしてそんな美少女はアスランの

「ああ。君の婚約者さんがどうかした?」

 こちらの言わんとしている事を分かっていて、尋ねてきているのが丸分かりの口調だ。こちらの反応を愉快気に伺っている。
 アスランは憎々しげに、一旦煌を離し、ポケットの中からグシャグシャになった紙屑を取り出し広げた。

「説明してもらおうか」


『号外新聞
スクープ!!密会を激写!親友から婚約者を奪取!修羅場の三角関係!』


 と言う見出しに、デカデカと添えられた写真は、キラとラクスのキスシーン…。


「チャチい記事だよねぇ。昼ドラの次回予告じゃあるまいし。もうちょっとセンスいい人、新聞部にいないのかな」
「言いたい事はそれだけか」

 先程より更に低くなったアスランの声にも煌は動じず、軽い声で続ける。

「写真部も最悪。こんな風に使うなら、もっと綺麗に写してくれないとさぁ。ていうか、人権侵害だよね。恥を知れって感じ」
「恥を知るのはお前だ煌!!」

 再びアスランの拳が上がった。
 が、


「いいの?ぼくを傷付けたら、綺羅も傷付くのに」


 その言葉にアスランの理性が戻り、振り上げられた拳は宙で不自然に固まる。
 キラは無感情に、ゆるゆると下ろされるアスランの腕を一瞥し、わざとらしく息を吐いた。

「ま、もう後の祭りか」
「…綺羅には俺が謝っておく。お前のせいでこんな目にあってるんだからな」
「素晴らしい責任転嫁だね」
「早く綺羅を出せ」

 低く唸るアスランに、飄々とした態度を崩さない煌。

「ぼくを呼び出したくせに。渡されたメモには『煌。裏庭へ来い』になってたよ?」

 煌への沸点だけは低いアスランは、またしてもキレ始める。

「お前はもういい!お前と話をしていてもイライラするだけで、埒が明かない。詳しくはラクスに聞く!」
「えっらそうだな。そんな怖〜いアスランには綺羅は逢いたくないって。フられちゃったねアスラン。あはは」
「煌っ!」

 頭の熱くなっているアスランに、キラは馬鹿にするような冷たい視線を浴びせた。

「頭を冷やしなよ。このままだと写真部と新聞部の目論み通りにぼくらは修羅場だ。まぁやっぱり、既に遅しって感じだけど」
「目論み?」
「きっと更に注目を集めるスクープが欲しいんでしょ。だからあんな煽った書き方されてるんだ。君を挑発する記事内容だったでしょ」

 アスランは押し黙った。確かにそうだ。
 そしてアスランはそれにものの見事に乗ってしまった。

「明日はきっとぼくが殴られてる写真が一面かな」

 アスランはギョッとして、辺りを見回した。

「撮られていたのか!?気付いていたなら何故言わない!」

 キラは呆れたように、突っ込んだ。

「間髪入れずに君が殴り掛かってきたんじゃないか」

 まさしくその通りだ。悔しいが言い返せない。

「さすがに彼らにとって雲行き怪しい話になってる今は、トンズラしたみたいだけど」

 大分落ち着きを取り戻したアスランは、一つの可能性に気付いた。
 まさかとは思うが、もしそうなら、自分は煌に頭を下げなくてはならなくなる。アスランにとって最低最悪の罰ゲームだ。

「…ラクスのことも彼らが仕組んだ事なのか?」
「は?」
「合成写真とか」

 だがそれは杞憂だった。
 キラは不敵に笑いながら、とんでもないことを宣ったのだ。

「まさか。悪いけどラクスはぼくが貰うから」

 それは紛れもないアスランへの宣戦布告。全く洒落にならない。

「煌っ!!」

 煌に謝るなんて事態にはならなくて済んだが、どっちにしてもアスランにとって笑える話ではない。

「冗談じゃないよ。ぼくは本気だ」
「お前の意思なんか知るか!その身体は綺羅のものだ!」
「…………」

 突如煌がアスランに殴り掛かった。 が、その手が頬に届く前に、腕を捕まれ、阻まれる。

「いきなり何をする!」
「君、そんな台詞言える義理じゃないでしょ。仕返しさせてもらわなきゃっ」

 煌の右足が勢い良くアスランの鳩尾を蹴り上げる。

「フェアじゃないでしょ!っと」

 まさか足技が来るとは予想しなかったアスランは、見事に蹴りをくらい、崩れ落ちた。

「ぐっ…!」
「バイバイ。アスラン」
「煌〜!!」


 煌は軽やかなる足取りで、腹を抱えて蹲るアスランの元から去って行った。