アスランとラクスの婚約は親が、勝手に決めたことだった。
だが傲慢で厳格なる父を知るアスランはそんなものだろうと、特に逆らいもせず、婚約を受け入れたのだった。
「突然押しかけてきてすみません」
煌の痛烈なる蹴りから回復したアスランは、もう彼を追いかけようとはせず、ラクスの屋敷に赴いた。
「いいえ。綺麗な花束をありがとう。アスラン」
突然アポなしにやってきたアスランを、ラクスは嫌な顔一つせず、天使のような笑顔で迎えた。
父は家柄だけで、彼女を婚約者に決めたのだろうが、彼女自身もその家柄に恥じない--いや、それ以上の、完璧なる女性だ。
優しく、慈愛に満ち溢れ、清楚で、純粋。まるでおとぎ話のお姫様だ。もし彼女に嫉妬して罵ろうとする者がいたとしても、悪口と為り得る欠点が見当たらないだろう。
現に彼女は女子高の中でも、誰からも好かれている。その微笑みと歌声は平等に人々に癒しを与えるのだ。無論アスランにとっとも例外ではない。あの悪魔…いや、煌と逢った後では尚更に。
「それで御用とは?」
無垢な瞳で聞いてくるラクスに、アスランはどう切り出そうか戸惑う。
この様子だとラクスは、うちの男子校にばら蒔かれた、あの新聞記事を見ていないのだ。
あの写真ではぼやけていて、よく分からないが、きっとラクスは不意を突かれて…。
ラクスを攻める気はさらさらない。
むしろ、
「ご迷惑をかけてすみません」
アスランは深く頭を垂れる。
「アスラン?」
ラクスは不思議そうに首を傾げる。
「俺の親友が、貴方に失礼なことをしたことを許して下さい」
煌の後始末は、いつだってアスランに来るのだ。が、綺羅の為にも仕方がない。
「親友?」
「…あいつが名乗ったかは知りませんが、キラといいます」
「まぁ。キラは貴方の親友でしたのね」
非難されると思ったのだが、軽く驚かれた程度。
おおらかなのか、寛大なのか…。答えはどちらでもなかった。
ラクスはアスランという婚約者の前で、思いもしない爆弾発言を放ったのだ。
「私、あの方好きですわ」
…………。
誰もが見惚れる極上の笑みと共に告白したラクスに、アスランはしばらく思考回路を停止した。
好き?
誰を?
あの方…煌?
「煌とは先日、運命的な出逢いをしましたの。きっと赤い糸が私達を引き寄せたのですわ」
と、夢見る少女のような台詞を続けるラクス。
もう一度繰り返すが、仮にも将来を共にする婚約者の前で。
「ラ、ラクス…」
「はい?」
アスランはなんとか脳を正常に機能させる。いいか、ラクスは天然で純粋なお嬢様なんだ。
つまりはこうだ。
「貴方は煌に騙されているんです!あいつは俺に喧嘩売る為に貴方にわざと近付いてっ!」
「アスラン。キラは親友なのでしょう?そんな言い方は良くないですわ」
やんわりと制すラクスに、アスランは唸る。
「親友なのは綺羅で、煌じゃない!あいつは綺羅を乗っ取る紛い物だ!」
思わず声を荒げてしまったアスランは、ハッと我に返り息を吐く。
「すみません。つい…」
「大丈夫ですわ」
ラクスに怯えられなかったことにホッとする。アスランは女性にたいして男性の鏡のように完璧なフェミニスト精神を持っていた。
今度は、務めて冷静に話出した。
「実は…信じ難い話でしょうが、キラは二重人格なんです。貴方の出逢ったキラは、偽者のキラの方です」
|