怖かった。
 今、目の前にいる少年が、この世の何よりも、恐ろしいと思った。


「今ではあたしこそラクスなのよ!」
「何処が?」
「す、全てよ!顔も声も同じなんだもの!」
「全然似てない。君とラクスが同じ人間になんて見えやしない。皆目が悪いんだね。ラクスはもっと美しく気高い…唯一の女神なのに。こんな三流アイドルに成り代わられるなんて…」

 嘲る声に、ミーアの顔は、羞恥に歪んでいく。

「う、うるさいっ!も、もうラクス様はいない!だからあたししかラクスは存在しないわ!」
「うん。でもぼくはそんな君による偽りの言葉に支配される世界、見たくもない。ラクスの神々しさが君より汚されて行くのもね。だから」

 少年は笑う。猛毒の微笑みをミーアに向ける。

「っ!」

 手には銃。命を奪う銃をミーアに向ける。

「君に復讐しに来た」

 彼の指が引き金に触れる。

「ひっ!イヤ!死にたくないっ!」
 


ドンッ!



「あ」

 銃声が一発。  間抜けな己の声が一音。

「…やっぱり…君はラクス…じゃない。…ラクスは…死の覚悟を持って平和を歌っていた…君の猿芝居…とはわけがちがう…」

 少年は、変わらす笑っていたが、口から血が零れ落ちていた。
 ミーアが震える手で撃った銃は、確かに彼に致命傷を与えていた。
 正当防衛だ。殺されそうになったから、自分を守っただけ。あたしは悪くない。悪いのは彼。ミーアをラクスと認めない彼が悪い。

「…あ、あたしは」

 悪くない。
 そう言おうとしだが、彼の満足げな瞳に、呆然としてしまう。
 もう彼からは怒りは見えない。
 何故?
 貴方は死ぬのに。
 復讐を果たせず死ぬのに。
 ミーアの思考を読み取ったのか彼は言う。

「ぼく…が君を殺すと思った?…ラクスが望むはずがない…だから復讐…は」

 ゆっくりと仰向けに、彼は倒れていく。

「君に…ぼくをラクスの元に送っ…て貰うこと」

 もう彼は、ミーアを見ていない。
 穏やかな瞳で虚空をみつめている。
 まるでそこに彼女がいるように……。

「自殺では君と同じ場所に行けそうにないから」

 君とは、ラクス。 

「さようなら…偽者さん」

 最後までミーアをラクスと認めなかった少年は、安らかに息を引き取っていく。

「でもラクスは、貴方の死も望まない…」

 ぽつりと漏らした言葉は、きっともう彼には聞こえていない。

「それとも、あのラクスでも、好きな人と共に逝きたいのかしら」

 とても幸せそうな少年の死に顔をしばらく眺めながら、これでやっと悪夢は終わるとミーアは思った。


これで自分は本物のラクスとなり、輝かしい未来が待っていると、そう信じて疑わなかった。