今、目の前にいる彼を、『ラクス』の次に、欲しいと思っていた。
そして『ラクス』を手に入れた今、彼を手に入れることもできたと思っていた。
『ラクス』になれば、地位、名声、美貌、彼、望むものは総て、手に入ると信じていた。
「…ラクスは?」
彼は、こちらを見つけるなり、そう聞いた。
その顔には焦燥が浮かんでいた。
「何言ってるの?アスラン。あたしがラクスよ」
そう。今はもうあたしラクス。
アスランは声にも、焦りを滲ませて、さらに聞いてくる。
「キラは!?」
「だぁれ?それ?」
本当に知らない名だ。
「ラクスの恋人だ!」
もしかして、茶髪に紫の瞳の彼のことだろうか。
「何言ってるの?アスラン。あたしの婚約者はアスランだけよ」
「君ではない!ラクスのだ!」
「だから私がラクスよ!もう偽者のラクスはいないわ!」
この世でラクスは一人だけ。
「…君…まさか」
アスランの顔が血の気を失って、引きつっていく。
「ラクスは二人もいらないわ。あたしのが世界に選ばれたのよ!」
民衆が望み、選んだのはこちらのラクス。
彼女は勝ったのだ。
「キラは…」
絶望した表情は、既に答えを察していた。
「あたしをラクスだと認めない人なんていらないわ」
示された返答に、アスランは顔を伏せた。握りしめられた拳が震えている。
「…そうか。じゃあ俺もいらないな」
「アスラン!?」
「俺は認めない。俺の婚約者だったラクスはいない。今俺の目の前にいるのは親友と婚約者を殺した…憎い敵だ」
敵?
あたしがアスランの?
「アスラ……」
「キラは君を殺さなかった。だから俺も殺しはしない。…いや、殺せない。俺はミーアという少女のことは好きだったから」
再び上げられた顔に浮かぶ表情は、憎しみと、悲しみと、ほんの少しの好意が入り交じった、泣きそうな微笑みだった。
だけど彼女は、それを拒絶した。
「ミーア…なんて知らない。あたしはラクスよ」
同情でミーアを好きになってもらっても嬉しくない。この美しく完璧なラクスになった自分を愛して欲しいのだ。
「………そうだな。前言撤回して認めよう。君はラクスだ」
数十秒前の言葉をあっさり覆したアスラン。
それを彼女は、自分に都合が良い受け取り方をした。
パァッ、と歓喜する。
「アスラン!じゃああたしと…」
「忘れたのかい?君と俺は、二年も前に婚約を解消してるじゃないか」
「!」
知らない。そんなの知らない。
表情が―転して、先ほどのアスランのよう蒼白になる。
呆然とする彼女に、彼は皮肉と哀れみを込めて、別れの挨拶を述べた。
「さようなら。議長の選んだラクス」
ある日、議長がミーア――ラクスの元へ訪ねてきた。
「やぁ。ご機嫌如何かな、ラクス。今日は君にプレゼントだ」
「?」
今日は別に特別な日でもないのに一体何をくれるというのだろう。
新しいドレス?アクセサリー?
コツン
え?
そんな!
どうして?
議長の後ろから現れたのは――
「…アスラ…」
「初めまして。ラクス様」
違う!
アスランじゃない!
「…誰?」
姿形はアスランそっくりだが違う。
彼は自分の知っているアスランではない。
なのに議長は笑って言う。
「アスランだよ。君の望むとおりのね」
あたしの望むアスラン?
…あたしをラクスと受け入れてくれるアスランだ。
でも!
「俺はずっとラクス様とアスラン様に憧れていました!」
これはデジャブだ。初めてアスランと食事したときのことを思い出す。
このアスランは自分と同じなのだ。
なら、
「…本物のアスラン…は?」
同じなら本物はっ!
「不幸な事故があってね」
「!」
議長は、彼女が予想した通りの――外れて欲しいと願った答えを言った。
偽物を本物にするためには本物は邪魔。
「俺も残念です。だけどこれからは俺が誰もが憧れた英雄のアスランになってみせます!」
この偽者のためにアスランは――。
「あは…ははは」
「ラクス様?」
「そうね。あなたがアスラン…ね」
やっとあたしを偽者と蔑んだ紫の瞳の少年の気持ちが分かった。
似てやしない。全然似てない。
でもあたしは、このアスランを認めないなんて言えない。
同じなのだから。
でもやはり違う。あたしの好きなアスランはこのアスランじゃない。あのラクス様がアスランではない彼を愛したように。人は定められた者を愛せと言われて、愛せやしないのだ。
「ごめんなさい」
誰にも聞こえない天国にだけ届くように呟く。
「ねぇ。アスラン」
「はい」
「私も…」
偽者よ。て言ったら、あなたはどんな顔をするかしら。
あたしのように同族嫌悪にでも陥るのかしら。
言ったってあたしはもうミーアにはなれないけれど。
ラクスを殺し、アスランに見捨てられたあの時にミーアは死んだ。
だから言えやしない。今更真実を暴露して、議長に捨てられたら、私はラクスでさえ無くなってしまう。
「なんでもないわ」
『死ぬ覚悟もない』
そうよ。
あたしは貴方達みたいに強くはなれない。
その変わり、生き地獄よ。
貴方達の死は私を楽園ではなく、さらなる悪夢の中に閉じ込めた。
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