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「へぇ。レンくんか。名前がシンに似てるね」

 昇進し、新たに配属されたのはプラント最高評議会議長、ラクス・クライン専属の護衛部隊だった。
 レンは歌姫としても名高い議長を前に酷く緊張し、

「レレレ、レンです!」

  声が裏返ってしまう程だ。
 そんなレンを溶き解したのは、ラクスの右腕と名高い人物だった。

「ぼくの親友の名前と似ていてね。つい間違えて、シンって呼んじゃったらごめん」
「まぁ、キラったら」

 ラクスが鈴のように可愛らしい声で笑う。

「ごめんなさい。こうみえても、キラはうっかりさんですのよ?」
「それを言うならラクスだって天然だよ」

  柔らかく談笑する様は、『クライン議長とヤマト護衛官って、デキてるらしいよ』というーーもはやプラント国民にとっては、デマだと思う人は一人もいない、黙認されているーー噂どうりに恋人同士といった感じだ。緊張はどこへやら吹き飛び、ただ見惚れてしまう。

「あ。ぼくはキラ。名乗り遅れてごめん」
「大丈夫です。ヤマト護衛官を知らないものなんて、ザフト軍人にいたら恥じなくらいですよ。そしてそのアスカ護衛官のこともです。そんな偉大な方と間違われるのは恐れ多いんでやめて下さいね」
「大袈裟な」

 と二人は苦笑したが、レンにとっては、真剣にそう思っていた。
 なんせ、二人は、天の女神ラクス・クラインの命により、プラントに舞い降りた救世主、蒼の天使と真紅の天使なのだから。





「あ〜」
「どうしたの?」
「い、いえ!」

 上司が隣りにいるのも忘れて溜め息を吐いてしまった。
 我ながら気が弛んでいる。先程まで死ぬ程緊張していたのに。

「ここに配属されるの、もしかして嫌だった?」
「滅相もありません!光栄で身が余るほどです!」
「じゃあ、今の溜め息は?」

 キラの濁りない全てを見透かすような紫の瞳に、ジッと見つめられて誤魔化せる程度胸のあるレンではなかった。

「ラ、ラクス様に…」
「ラクスに?」
「サ、インを頼む勇気が…でなくて」

 ちなみに、この時キラが不意を突かれたように固まった3秒間の沈黙が、レンには一億光年にすら思えたのだが。

「あはは!じゃあ、後でぼくが、頼んでおくよ」

どうやらウケたようだ。

「ほ、本当ですか!」
「うん」

にこにこ笑いながら、シンに頷いたキラは、前を見てーーー突如空気を変えた。

「ヤ…キラさん?」

 名前で呼べと言われたことを思い出し、律儀にも言い直しながら、レンはキラを凝視する。
  軍人だからこそ解るーーキラは今、敵軍に立ち向かうような殺気を放っていた。
  何故いきなり。
 しかも、不殺で敵を戦闘不能にしてきたというキラの戦歴にも似つかわしくない、慈悲を忘れたかのような鋭さ。
 キラの殺気は真っ直ぐ前に向けられていた。
 今にも射殺しそうな瞳の先にいたのはーーー

「アスラン・ザラ?」

 評議会の制服を纏い、供を二人引き連れて、こちらに歩いて来る。

 現議長のクライン派の対抗馬、ザラ派のトップ、アスラン・ザラ副議長だった。

 クライン派とザラ派は、同じ穏健派ではありながら、何かと衝突が絶えないと訊く。
 確かにクライン派のーーラクスに次いでナンバー2であるーーキラにとって、好意を持てない人物ではあるのは間違いないが、それにしたって殺気まで放つのは異常過ぎやしないか?
  おそらくアスランも付き人二人も、キラの殺気には気付いているに違いない。
 付き人二人はまるで後ろめたいことでもあるように、不自然に視線を逸らしている。のだが、肝心のアスラン本人は、無視を決め込んだように、殺気を受け流し、自然に擦れ違って行った。


 …擦れ違った瞬間、アスラン・ザラの口元が嘲笑うように歪んで見えたのは、レンの錯覚だろうか。



 一触即発を危惧したレンは危機が回避され、ホッとした。
  アスランではなく、こっちの方が絶え切れずに、腰を抜かすかと思った。
 しかし実際に崩れるように地べたに手を突いたのは他でもないキラだった。

「キラさん?」

 殺気はもうしない。
 代わりに身体を小刻みに震わせ怯えている。顔は紙のように白い。
 まるで自分の放った殺気が、反射して己に返ってきたかのような反応だ。
 キラは生気を感じさせない、死んだ瞳で呟いた。


「死んじゃえばいいのに」


 その口調は無邪気な子供のように幼く、呪いの言葉ように残酷で恐ろしかった。






 暫く二人して、刻をそこだけ止められたように固まっていたレンとキラ。
 時間を動かしたのは、機械鳥の鳴き声だった。


『トリィ』


「…あ」
「帰って来るのが遅いぞキラ」

  鳥と共にやってきたのは、レンと名の語感が似ていると話題になったキラの対ーーシン・アスカだった。