lie 2



「ぼくたち、ずーっと親友だよね。シン」

  その声は優しく、その笑顔も確かにシンに向けているのに。
  そう言うキラにレンは違和感を感じた。




 相性が良かったのか否か、僅か一日でレンは新しい配属部署に打ち解けていった。

「あのロボ鳥はなんなんですか?」
「ああ。シンが作ってくれたんだ。ぼくとシンの友情の証だよ。ね?シン」
「…ええ」

 シンのぎこちない返答に、今度はシンに違和感を感じた。


 その違和感は、その日だけに終わらなかった。
 暫くたったある日、レンは我慢できず、キラと二人きりになった時、遂に問い質してしまった。
 それが後に、深い後悔になるとは知らずに。



「あの…変じゃないですか?」
「?」
「貴方とシンさんの思い出話が…なんか…微妙に違うというか」

 というか、昔の思い出を楽しげに話すのはキラばかりで、シンからその話題を切り出したことなど一度もない。いつも、キラの言うことに「そうだったね」と相槌を打つだけ。
 しかも、キラの顔色を伺いながら、慎重に、言葉を選んでいる気さえする。

「やっぱりわかるよね」

 キラは、哀しげに頷いた。

「実は、シンは記憶喪失なんだ」

 記憶喪失…。それなら辻褄は合う。だが…

「先の戦争で、頭を打ってね…」
「………そう…なんですか」

 口では納得を装ったが、何か引っかかる。

「でも、ぼくは信じてる。いつかきっと思い出してくれるって。こうやって、話していたら、ふとした切っ掛けで思い出すかもしれないでしょう?」
「でも彼は過去を聞くとき、辛そうな顔ばかりしていますよ。ほどほどにしておいた方が…」

 キラ本人は、それにさえ気付いていなかったようだ。心外そうに言う。

「どうして?楽しい思い出ばかりなのに」

 確かにキラの話す思い出はいつだって美しく、輝くような思い出ばかりだ。

「きっと、思い出したくない辛い過去だってあるんですよ」
「そんな思い出。ぼくら二人の間にはないよ」

 そんな綺麗な思い出なあるわけないだろ。と言おうとしたが、キラの言い方が剥きになってきている気がしたので、やめておく。毎日顔を合わせる上司と喧嘩はしたくない。なのでこう言うに止めた。

「なら、きっと、記憶を取り戻して欲しいというキラさんの期待が辛いんでしょう」
「…そっか。そうだよね。焦りは禁物だった。一番辛いのは思い出せないシンだもんね」

    キラは生母マリアのような慈しむ表情を浮かべた。だがレンにはその絵画にでもできそうな表情にさえ、違和感を持ってしまった。

 

 この人は――どこかおかしい。




「…そう。キラがそんなことを…」
「でもなんか変な気がするんです。キラさんを信用できないわけではないんですけど」

 シンは驚いたようだが、その後苦笑して言った。

「あんたは鋭いな」

「俺じゃない。キラこそが、記憶障害なんだ」
「………」
「今のキラは、自分の望む世界に、過去を創り変えてるんだ。俺達は皆、口裏を合せている。キラの親友は…俺じゃないんだ」

 二人の話は正反対だ。どちらかが、嘘を言っている。
 レンは迷わずシンの方を信じた。真実を告げているのは彼の方だと。
 大方直感であったが、キラの話の中の『親友』とシンは、記憶喪失だから解らないレベルではなく、まるで別人としか思えなかったからだ。

「何故キラさんはそんなことに?」
「キラは、親友との楽しい思い出だけを残し、辛い記憶は総て無いものとした」

 シンは悲痛そうに、目を閉じた。
 レンは思い描いた一つの可能性を、言いずらそうに告げる。

「…もしかして、キラさんの親友は既に亡くなっていて、その親友の死がショックで、心の均一が保てなくなり、親友をシンさんと…置き変えた?」

 シンは首を横に振る。

「惜しいな。いや、全く正反対か」
「え?」

 シンの閉じた眼に浮かぶのは、レンは知り得ない、あの日のこと。

「キラの親友はキラを殺そうとし、そのことがショックで、キラはその親友を心から抹消し、優しかった頃の親友を俺に置き換えた」
「…………………」

 想像を遙かに超えた、悲惨すぎる答えに言葉を失う。
 やっと出た声は掠れていた。

「何故…親友が…?」
「…俺も詳しくは知らない」

 シンはこの話で初めて嘘を吐いた。
 レンは知らないが、シンはあの頃、『二人』の真ん中にいた。
 個人で言うならラクスとメイリンに負けていたが、『二人』となら誰より近しかった。
 だから『二人』の均衡が少しずつ、狂っていっていることも気付いていた。あの二人は考え方や思想が微妙に異なっていて、小さな喧嘩ならたびたびあった。だけどそれはいつだって、『彼』が折れて、すぐに元に戻るから、些細なことだと疑わず、それが溜まりに溜まった結果、あんな風に『彼』が爆発してしまうだなんて思いもしていなかった。

「シンさん?」

 レンは黙りこくったシンが心配で、声をかけた。
 だけどシンは完全に心を、直しようのない過去に飛ばしていた。

「…あの…野次馬心に突っ込んですみませんでした」

 一礼して、レンはシンの前から立ち去る。
 もうこれ以上は立ち入らない方がいいのかもしれない。
 既に時遅しだということに、この時のレンは気付いていなかった。


 キラと『親友』の深い闇に囚われたシン。
 どうみても、一番の被害者はシンだと思う。
 この時はまだ、レンは客観的に見れていた。


 この時は、まだーーーーーー。