ある日、はるばるプラントからオーブまでアスランを訪ねてやってきたのは、未だ根強く残るパトリック・ザラの信望者の一人だった。
「是非アスラン様にはプラントに戻ってきてもらい、我らザラ派のリーダー、そして行く行くはプラントを統べる主になって貰いたいのです」
正直アスランは内心「またか」と思った。
プラントから来る見知らぬ客人の用とはたいていこれだ。
「父は道を誤った罪人です。その息子の俺を議長になど望むものなど国民に居りません」
「今政界にはクライン派に対立できる大きな対立派閥がありません!このままではクライン派の奴等が我が物顔でのさばり、付け上がるに決まっています!あの理想事しか唱わない雌狐に皆良い様に騙されおって!!」
「私は現議長、ラクス・クラインを支持しています。例えプラントに戻っても、ザラ派の旗頭に立つことは有り得ません」
むしろ今オーブで等距離からラクスやキラを援助しているように、彼らの側に付いてラクスの創る平和な世界を共に支えてゆくだろう。
アスランはまだ言い募ろうとする彼を制すと、頭を下げて直ぐさま退出した。
まともに彼を見ようとしなかったアスランは、彼の顔に狂気を秘めた暗い決意が浮かんでいることには気付かなかった。
―――気付けなかった。
何故パトリック・ザラの血を受け継ぐアスラン・ザラは自分達より劣る愚かな旧人類の下でなど働いているのだろう。
全くあの場所はかの者には相応しくない。
ナチュラルなど早くこの世からいなくなれば良いのだ。
彼は自分がコーディネイターとして生まれてきたことを誇りに思っている。
唯一悔やむとすれば、己が生まれ持った力。
コーディネイトの突然変異なのか、彼は“ギアス”という禁忌の能力を持っていた。
他者を意のままに操れる瞳。
彼は今までこの能力を公に使ったことは無かった。
知れれば危険人物と見做され、迫害。捕殺。研究体。末路は目に見えている。
あるいはその力を駆使し、彼自身が頂点に立ってしまう手もあったが、それもしなかった。
彼はナチュラルを下に見ているが、コーディネイターの上に立つ気は毛頭ない。
しかし彼は悟ってしまった。
自分の死期が近いことに。
病気ではない。コーディネイトされた身体は死に至る病にはかからない。
ならば短命はこの“ギアス”の対価だとでも言うのだろうか。
こんな忌まわしい能力の為に自分は死ななくてはならぬ定めと言うならば
使ってやる。
最期に華々しく“ギアス”を使って、自分の夢を叶えようではないか。
ラクス・クラインにパトリック・ザラ以上の汚名を着せて失脚させ、尚且つ被害を被るのは憎きナチュラルだけという素晴らしき名案を今こそ実行しよう。
プラントへ帰るジェット機の中で、議長の今日の日程を調べると、彼はプラント到着後、直行で彼女のいる場所へと向かった。
ラクスはナチュラルとの親睦会だとかいう彼にとっては下らないとしか思えぬものに参加する為に、身支度を整え、現在会場に向かう途中だった。
会場に到着し、車からラクスが降りたところで彼はラクスの前に姿を現した。
「こんにちわ。ラクス様。今日はまた一段とお美しい」
ラクスと顔見知りではある彼は気さくに話しかけた。しかし彼女を敵視していた彼が、こんなに好意的に彼女に接したことは今までにない。
ラクスは少し不審に思った様だが、すぐににこやかに微笑んできた。
「まぁ。有り難うございます。きっとこのドレスのおかげですね」
ラクスは有名デザイナーが作った一点物のドレスに身を包んでいた。シンプルなのに繊細な模様が施された純白のドレスは、事実彼女はさらに美しく清楚に演出させていた。
尤もラクスが着たからこそ、このドレスが映えるとも言える。
一通りの社交辞令を済せると、「では失礼します」と会場に向かおうとするラクスを彼は引き止めた。
「お待ちください。ラクス様。大切なお話があるのです」
「すみません。後程では駄目でしょうか?これからプラントに招待しましたナチュラルの皆様とのパーティに出向かわなければならないのです」
「お時間はおかけしない。急用なのです」
彼が必死を装うと、ラクスは少し思案した後、頷く。
「わかりましたわ」
「出来れば…いえ、護衛の方の目の届く範囲で構いません。話が聞えない程度の距離を取って貰えませんか」
これには護衛官が渋る顔を見せたがラクスが目で訴え、了承を取らせた。
広いパーティ会場の駐車場の隅までラクスを呼び寄せた。障害物のない広い視界なので護衛官もきちんとこちらを監視できる。
彼は早速本題に入った。
「ラクス様に切実なお願いがあるのです」
「なんでしょうか?私にできることでしたら御助力致しますわ」
ラクスは知らない。これから下される“命令”に拒否権などないことに。
彼は真っ直ぐラクスの瞳を貫いて笑う。
ラクスも逸らすこと無く澄んだ瞳で彼を見返した。
彼は“ギアス”を発動させると言った。
「これからラクス様には我らが理想なる世界の為に、プラント中のナチュラルを殺して欲しいのです」
「え?」
想像を絶するお願いは、いくらラクスと言えども、すぐに理解できる内容ではなかった。決して受け入れない言葉に、ラクスの思考は付いていけず、「何を馬鹿な」と一蹴することも適わない。
結局彼女が真にその言葉を理解することは永遠にやってこなかった。
既に彼女は“ギアス”に身体も心も全て支配されてしまったのだから。
正気を失ったラクスの瞳を彼は満足げに眺める。
無言で踵を返し、護衛官の元に戻るラクスの背に彼は言った。
これから怒る喜劇を想像して実に愉快そうに。
「人っ子一人残らず根絶やしにして下さいね」
「お集まり頂きましたナチュラルの皆さん。こんにちわ。プラント最高評議会議長、ラクス・クラインです」
ラクスはパーティ会場の中央に立つと回りから拍手が喝采した。
平和の歌姫と唱われる彼女の美しい姿に男女問わず思わず見惚れてしまう。
「実は皆様にお願いがあるのです」
ラクスが挨拶もお座なりに突然そう切りだしでも、誰もが特に疑問を持たなかった。
「ラクス様の願いなら、喜んでお聞きします!」
と中でもラクスの熱狂的ファンである一人のナチュラルの男が我先にとラクスの前へ進み出る。
「まぁ!有り難う御座います」
ラクスはその男にふわりと微笑みかけた。
この世のものとは思えない女神の笑みに男は心奪われ、
「死んでください」
次の瞬間には、いつの間にかラクスが手にしていた小降りの銃により射殺され、命を奪われた。
数秒の静寂の後、悲鳴が沸き上がった。
「…ラ、ラクス様!?」
「死んで下さい。それが私のお願いですわ」
平和を唱う歌姫の面影はもはや何処にも無く、彼女は慈悲なき死の女神に豹変していた。
彼は片隅で高みの見物をしながら、この事態の後に次代の救世主となるであろう者に電話をかけた。
「議長が乱心されました」
『は?』
「今こそザフトには貴方の力が必要なのです」
彼には眼には見えた。
パトリック・ザラの後継者であるアスラン・ザラが私達コーディネイター“素晴らしき者達”を正しき世界へ導いてくれる未来が。
『あの…もしもし!?おっしゃっている意味が分かりません!』
アスランの声はもう彼には届いていない。
彼は自らが創り出した阿鼻叫喚な世界を無責任にも放ったらかし、都合の良い夢に浸りながら、ある意味幸せに息を引き取り、この世を後にした。
“ギアス”は命令が完遂されるか、彼が「やめろ」と無効にしない限り止まらない。
つまりラクスに遺された道はもう―――。
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