せめて笑顔のままで (蛇足)





 バタンッ

 人が地に倒れる重い音。


 ゴトッ

 銃が地に落ちる軽い音。









「……何故、撃った?」

「もう…この人は……キラが愛していたラクス・クラインじゃない」



 シンはまるで他人の手の様に自らの手の平を眺めた。
 震えている。痙攣のように震えが治まらない。

「だからせめてこれ以上彼女が汚れないように―――」

 手の平の指の狭間から、地に伏し息も絶え絶えなラクス・クラインが見える。


 シンが―――撃った。


 先程のアスランと同じように、心臓を撃って致命傷を与えた。

「……キラ…」

 世界中の人々を魅了する可憐な声はたった一人の愛しき者を名を呼んだ。

「何処にいますの?…キラ…目がぼやけて…真っ暗……キラ!」


 キラは―――もう、いない。

 彼女は忘れてしまったのだろうか。
 いや、思い出したのだろうか。
 死ぬ間際の錯乱ではなく―――本来の彼女に……戻った?

 ラクスはこちらに向かってその白い手を向けて来る。
 その手が望んでいるのはキラの手だ。
 なのにシンは何かに引き寄せられる様に彼女の手を取ってしまった。

「キラ。良かった……そこにいましたの…ね…」

 ラクスは安心して微笑むと―――そのまま細めた瞼を閉じ、眠る様に息を引き取っていった。

 その安らかな顔にシンの大粒の涙が落ちる。

「ごめんなさいっ…」

 アスランを非難しながらも、結局自分がやったことだって、アスランと同じだ。
 手遅れだと勝手に決め付けて、制裁を下した。



 キラ、貴方が守りたかった者は、貴方でなくては守れぬものだったんだ。

 俺には貴方を忘れて笑う議長を直視できなかった。
 見るに堪え難く殺してしまいました。
 貴方との約束、守れませんでした。



「ラクスはお前のおかげで、最後に笑えたんだ」

 フォローのつもりだろうアスランの台詞はシンには何の慰めにもならなかった。
 あの笑顔は議長が正気に戻ったという証拠なのだから。キラの愛したラクスは例え儚い灯火のように微かでも残っていたのに………。

 シンの泣き声だけが響く重苦しい沈黙の中、アスランはためらいを感じる声で聞いてきた。

「キラは…笑っていたか?」

 何故あんたが今更そんなことを聞く!?
 あんたがキラを殺したのに!!

 そう怒鳴ってやりたかった。けどもはや彼に突っ掛かる気力など、シンには残っていなかった。

「俺がラクスを守るって約束したら、微笑んでっ」
「………そうか」
「俺は約束を破った挙句に嘘を吐いたんだ!」
「だがお前の嘘のおかげで二人とも、幸せに逝けたんだ」

 二人とも最期は笑っていた。

 しかしそれによって救われたのはキラやラクスではなく、残されたシン達の方だ。
 勘違いをしてはいけない。彼等がシンの嘘に感謝していたとしても、それで全てが許されるわけではない。
 嘘を吐いたことには変わりない。約束を破った事実は帳消しにはならない。
 背負っていくべき罪なのだ。






 シンもアスランも黙祷し、暫く静寂が続いた。

 どれくらいの時が経っただろうか。
 アスランは控えていた二人と共にラクスの屍とシンから離れていく。
 背を向け合いながら彼は言った。

「俺はこれから、ラクスの後を継ごうと思う。それがせめてもの――…二人の友であった俺の責任だ」

 二人が死んでも時は止まらない。
 未来は一秒たりとも止まらずに押し寄せて来るのだ。


 未来に残るのは血塗れた汚名だけ……。


「お前はどうする」

「今は……二人を誰にも荒らされない土地に眠らせてくる。立派なお墓も作って……帰ってきたら、二人への糾弾、非難は俺が引き受ける。それがせめてもの」




 償いだから。