プラントから帰ってきた親友は改まって、

「大事な話がある」

 と自分を呼んだ。

 気まずげに逸された視線に良い話ではないことだけはわかる。
 たっぷりと沈黙したのち、彼は言った。

「俺は…ザフトに再入隊しようと思っている」

 やっぱり。
 そんなことだろうて思ったよ、とキラは内心溜め息を吐く。
 キラの感が鋭いというより、彼の態度が解り易過ぎるのだ。
 そんなにも後ろめたそうにするのは、それが親友に対する裏切りだとでも思っているのだろうか?
 キラはそうは思わなかったが、ザフト復隊自体は許すわけにはいかなかった。
 こちらの反応を窺っているアスランに対して、キラは冷たく呟いた。

「君がザフトに戻るっていうのなら」

 護身用に隠し持っていた小振りのナイフを懐から取り出してみせると、アスランはキラを警戒し、あるいは軍人としての無意識の動作なのか、戦闘体制に入った。
 しかし残念ながらそれは無意味だ。
 MS戦ならともかく、生身で彼に勝とうだなんて命知らずの馬鹿ではない。
 そもそもアスランに害を食らえる気さえないキラは、ナイフの刃を己へと差し向ける。

「死んでやる」

 自らの首にピタリと当てて、自害の意思を言葉と行動で示してみせる。

「首カッ切って死んであげるよ」
「……質の悪い冗談はよせ」

 あまりの展開に付いて来れずに、固まっていたアスランがやっと言えたのは、あくまで現実を逃避したい気持ちが表れた台詞だった。
 キラは夢でないことを証明する為に、首元でナイフを横にスッと引いた。
 すると首筋に細い線が走り、血が溢れ出す。

「キラ!!」

 自惚れかもしれないけど、この賭けに勝つ自信はあった。
 青褪めるアスランを見て、キラは勝利を確信する。

「ねぇ。アスラン。ぼくとザフト、どっちが大事?」

 どんなにセコい方法を駆使したとしても、止めなくてはならなかった。

 キラはアスランがプラントに赴いている間にザフトの隠密部隊に命を狙われた。
 正確にはラクスの命がだ。
 その時はなんとか逃げ延びれたが、きっと次はない。
 この件で現プラント議長ギルバート・デュエンダルを信用できなくなったキラは、キラの持てる限りのハッキング能力を使って、彼を探った。
 そして反吐が出そうな彼の計画を知ってしまった。

 “ディスティニー・プラン”

 簡単に言ってしまえば、議長により生きていく上での役割を決められてゆく世界だ。
 危険分子であるキラとラクスは前もって排除すべきだと考えたのだろう。
 既にラクスの替え玉すら用意しているらしい。
 ラクスの変わり?ふざけている。そんなハリボテにラクスのカリスマ性が備わっているわけがない。
 さらに議長はアスランでさえその計画の為に利用しようとしていることも知った。
 アスランを話術で巧みに操り、彼の最高の捨て駒に仕立て上げるつもりだ。


 ーーーーーーーーーーーーさせやしない。


 ラクスに栄光を。
 アスランに自由を。


「ねぇ、どっち?」


 キラの命を賭けた最終宣告に、アスランの選ぶ道は一つしかなかった。
























「まさかアスランくんではなく、君が来るとは想定外だったよ。キラ・ヤマトくん」
「アスランなんかより、ぼくの方が使えると思いませんか?」

 キラはアスランと話を着けた後、その足でプラントまで飛んだ。
 この狸……いや、議長と直接逢って交渉する為に。

「交換条件さえ飲んで戴ければ、ぼくは貴方専用の殺人兵器になっても構いませんよ?」
「ほぉ?」
「あの趣味の悪い劣化品ではなく、新の平和の姫の歌をプラントに響かせて下さい」

 議長は吟味するようにキラを凝視する。
 キラは穏やかに微笑んでいたが、目は全く笑っておらず、むしろ冷え冷えと議長を睨んでいた。

「ラクスの為なら、なんだって捨てられますよ。ぼく自身なんてぼくにとっては一番安いものだけど…貴方はぼくに高値の価値を付けてくれるんじゃないですか?」
「そうだな。君という存在はこの世に二つとないからね」

 誰だって同じ存在は二人といない。
 クローンだって、別人だ。
 尤もキラだって彼の言わんとしていることは解ってはいるが、認めたくないだけだ。

「ぼくの値段は先程の条件と、アスランのことについてです。今後一切彼に干渉しないでください。もし彼が自らザフトへの入隊を強行したなら彼の命令指揮権はぼくに下さい」

 条件を聞いた議長は妖しく口の端を上げる。
 ―――嫌な笑みだ。
 神を気取った只の人間はさも偉そうに頷いた。


「良いだろう。君を買おう」


 ラクス、アスラン。
 君達にはいっぱい守られてきたから今度こそぼくが君達を守ってみせる。必ず。