キラには宝物があった。
 それはアスランが作ってくれたトリィ。
 いつもキラの肩に乗っている。

 キラには御守があった。
 それはラクスの指輪。
 ペンダントにして肌身外さず、服の下にぶら下げている。

 キラにはどうしても捨てられないものがあった。
 それはアスランのメダル。

『なぁ。キラ。此処にあったメダルを知らないか?』
『え?知らないけど……』

 キラが今もポケットに忍ばせているメダルは、アスランから盗んだもの。

 月の幼年学校に通っていた頃に、アスランが何かの賞を採って貰ったメダルだ。
 これ以外にもアスランは優秀だったから、彼の家には沢山のメダルやトロフィー、表彰状が飾られていた。
 その中でキラはこのメダルの洒落たデザインをとても気に入ってしまい、つい魔が差してこっそり懐に隠してしまったのだ。
 返そうと思っているうちに彼は転校してしまい、月日はあまりに経ち過ぎてしまった。
 おそらくアスランはこんな今では意味も価値もないメダルのことなど、すっかり忘れているだろう。

 返すに返せず、捨てることもできない。


 もしこれを捨てられたら過去を振り切れるのだろうか。
 もしこれを返せたら、あの頃のように戻れるのだろうか。
























「キラァッ!!」

 敢えて受け身すら取らなかったキラの身体は軽く宙を飛んで、床に打ち付けられた。
 一瞬消えかけた意識が回復すると同時に、殴られた頬に強烈な痛みが時間差で襲ってくる。
 痛い。
 見なくとも感じる、ギラギラと身体中に突き刺さる憎悪の視線が痛い。

「お前は俺をおちょっくっているのか!?」

 耳を劈く怒声も痛い。
 のろのろと上半身を起こして顔を上げると、美しい顔を憎々しげに歪めた親友がキラを燃えたぎる瞳で見下ろしていた。

「……挨拶もなしにいきなり手を出してくるなんて君も堕ちたものだね。礼儀知らずにも程がある」
「約束を破ったお前に言われる筋合いはない!」
「約束?」

 思い浮かぶのは最後にオーブで交わした言葉。

「あれは約束なんかじゃない。君はザフトよりぼくを選んだけど、ぼくは君よりザフトを選んだ。ただそれだけの話だよ」

 もう一発殴られることを覚悟で、喧嘩を売っているとしか思えない台詞をキラはわざと使った。
 怒りで拳をガタガタと震わすアスランに、キラは二発目を予期してギュッと目をつぶった。

「………?」

 しかし予想に反していつまでも衝撃と痛みは襲ってこない。
 そっと瞼を持ち上げると、アスランも目をつぶっていて、怒りを無理矢理鎮火させようとしているようだった。キラに二度振るわれることのなかった拳からは力を入れ過ぎたのか血が滴っている。

「アスランっ…手…」

 思わすその拳に触れようとしたキラの手は、降り払われて拒否された。

「一つ聞きたい」

 低く唸る声と共に開かれた瞳は、怒りを超えて哀しみの色に染まっていた。

「あの時、お前よりザフトを選ぶと言っていたら、お前は死んでくれていたのか?……俺の為に」
「うん」

 ためらいなく頷きながらも、その選択肢を想定していなかった自分がいた。

「今は?」

 縋るような声に、キラは無情にも首を横に振った。

「無理。もうぼくはぼくを売っちゃったから、勝手には死んだら契約違反なんだよ」

 とは言え、契約自体が『ぼくを危険な戦地にバンバン送り込んでいいよ』みたいなものだから、いつだって死とは隣り合わせな関係なのだけれども。
 その代わり部下のアスランをなるべく楽に制圧できる地帯に送り込める権利を有している。
 アスランは、その行為自体を馬鹿にされているか嫌がらせと受け取っているみたいだが、構わない。
 己の身勝手な想いなど彼は知らない方が良いのだ。

「上司への暴力行為の罪で、君は一か月謹慎処分ね」

 部屋から出る前にそう軽く付け足して、キラはその場を後にした。





 ぼくを嫌って
 ぼくを憎んで

 そしていつかぼくを忘れて幸せになって


 ぼくは不器用だからこんな守り方しかできないんだ。