災いを振りまいたパンドラの箱に最後に残ったのは“希望”。
しかしその希望とは予知――未来を知り得ることだった。
それは希望ではなく、絶望なのではないだろうか。
何故なら先が見えてしまったら人は何の為に生きていくのだろうか。
希望無き未来に絶望の陰を視た時、望んだ世界は未来ではなく、過去にあったことに気付く。
未来が開かれる度に遠ざかってゆく過去は、彼の心の中だけに眠る。
懐かしく残酷な彼だけの理想郷。
キラはあの日からずっと、アスランの家にいる。
アスランは帰宅すると毎日真っ先に隠された地下に向かう。厳重なセキュリティに守られた地下の一室にはアスランの宝が眠っている。
「ただいまキラ」
返事はない。
彼は喋れないから。
そして彼は動けないから――ずっと此処にいる。
機械に埋め尽された薄暗く冷たい部屋でキラは眠っている。
全身至る所をコードで繋がれているキラはまるで標本の蝶だ。
あの後、アスランはキラを自宅に運んだ。議長に差し出す気などさらさらなかった。
アスランが未だ議長の下に就いているのは、最新の医療設備の維持費を稼ぐ為に他ならない。
キラを死に追いやった奴の元でキラの生命活動維持のお金を稼ぐ、というのがなんとも矛盾していることは承知だ。
しかし表面上だけは優しいこの世界は最早議長の独裁国家だ。逆らう術もない。
別に反逆罪で処刑されることを恐れているわけではない。
だが死んでキラを追ったところでキラの心はラクスのものだ。
だが生きていれば、身体だけはアスランの所有物で在り続ける。
冷凍保存され徹底した防腐管理がされているラクスと違い、キラの身体は生きている。
機械によって無理矢理生命活動を続けさせているのだ。尤も生きているのは身体だけで、目覚めることは有り得ない。一つでもコードを抜けばたちまち血は巡らなくなり、朽ちて、身体さえも失われる。
それだけは堪えられない。
今、アスランはキラと共にいられる為だけに生きている。例えそれが死体同然の代物でもだ。
だがキラ物言わぬキラの顔は安らかで――
「キラ…そこがお前の…お前たちの理想郷なんだな。」
アスランは思う。自分にとっての理想郷とはどんな世界だったのだろうか。
議長が示した世界はあくまで議長にとっての理想郷に過ぎなかった。
キラとラクスの望んだ理想郷は誰にも邪魔をされることのない永久に二人だけの世界。
アスランの理想郷は―――きっと過去。
未来にはもう何も遺っていない。
母も父も生きていて―――キラも隣りで笑っていた。あの頃こそアスランにとっての理想郷だったのだ。
喪われてからこそ気付く、もう取り戻せない記憶の中だけ優しい世界。
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