ギルバート・デュエンダル現議長は言った。
 理想郷は完成した。これからはこの理想郷が壊れることがなきよう、管理していかなければならない、と。

「これからも世界の為に尽力してくれるな、アスランくん」
「はい」

 アスランは澱みなく頷いたが、その声色には冷たく機械的だった。









「議長は理想郷を作って下さると言った」
「……ええ」
「だが我々のではなかった。これは議長の理想郷だ」
「そうね。あたし達は議長の望んだ世界の装飾品に過ぎないんだわ」

 アスラン・ザラとラクス・クライン。
 麗しの騎士と美しき姫はディスティニープランの宣伝頭として、雑誌やTVなどにツーショットで姿を現し、彼らの姿を見ない日はないほどだ。
 実は公式の場以外では滅多に顔を合わせることのない二人だが、今日は久々にプライベートで逢っていた。
 尤も甘い雰囲気など一切なくその様子はデートというよりも密談に近かったのだが……。

「でも考えて見れば当たり前よ。皆が同じ夢を……同じ世界を望むわけがない。全ての人にとっての理想郷など、有り得ないわ」

 その通りだ。だがそんな当たり前のことすら、皆甘い夢に惑わされて気付かなかった。
 自分も“彼”という唯一を喪わなければ、この偽りに彩られた楽園を幸せだと思えたかもしれない。

「ところで、君は…“ミーア”としてもインディーズで活動しているようだな」
「ええ。つい最近からだけど、とっても楽しいわ」
「議長の承諾は取れているのか?」

 アスランの懸念通り、ミーアは首を横に振った。

「いーえ。無許可よ。一応バレない様に活動範囲は地球の一部地域にして、髪も元の青髪に戻して、顔も隠す様にはしてるんだけど……アスランにバレてるってことは当然議長にも知られてるわよね…今のところは黙認ってとこかしら」
「下手したら殺されるぞ」

 無意味だと思いつつ釘を刺すと、ミーアは不敵に笑い返してきた。

「構わないわ。覚悟が決まったからやっていることだもの」
「何故そんな馬鹿なことを…」
「あら。ラクス様の猿真似ばかりしていた今までの方が私にはよっぽど馬鹿げた行為に思えるけど。アレに騙されてる人達って本当にオメデタイわよねー」
「昔の君はラクスに成り代われて喜んでいたはずだが?」
「本物のラクス様と実際に対面するまではね……でも直にあって思い知らされたわ。あたしなんかとラクス様じゃ、格も器も違い過ぎるってね」

 さながら月とスッポンよ、とミーアは自嘲する。

「ラクス様が亡くなって――もう一度ラクスになった時に私は覚悟を決めたから」


 これがアスランとラクス…いや、アスランとミーアの最後の会話となった。









 一月後――ミーア・キャンベル=ラクス・クラインは、不慮の事件で死亡した。

 慰霊のコンサート会場で、ブルーコスモスの残党に銃で撃たれ、亡くなった。と表向きは報道されている。

 現在彼女の遺体は平和の象徴として、記念館に飾られている。
 厳重に警備、防腐管理され、白雪姫の様に棺に眠る歌姫は、死してなお、議長の理想郷の為に利用され続けるのだ。
 悪しきロゴスによって命を奪われた“聖なる歌姫”の悲劇は後世まで語られることだろう。
 おそらくミーアは、議長によって消されたのだとは思うが証拠はない。だがミーアは遅かれ早かれ、こうなる運命だったとアスランは思う。彼女の神秘性は若く美しいからこそのもの。老いてはならないのだ。だから彼女は決して老いることのない一番美しい姿を皆に焼き付かせ――用済みとされた。

 棺に飾られた遺体はミーアではなく、正真正銘ラクス本人だとアスランには分かった。
 生きている時は性格くらいでしか判別できなかったのに、二人ともこの世を去った今となって、一目で彼女達を見分けることができるようになるとはなんとも皮肉だ。
 おそらくミーアの遺体には損傷があったので、外傷のないラクスを使っているのだろうが、よくまぁ死体の保管などしていたものだ。


 ――――そんな物好きは己くらいだと思っていた。


 議長はキラの遺体は研究用、ラクスの遺体は観賞用にと兼ねてから決めてでもいたのだろうか。


 死んでも利用価値のある人間なんて彼等くらいだ。

 魂が器を離れても、なお冒涜される哀れな女神と英雄………。