もう我慢の限界だ。

 毎回射殺さんばかりの眼で睨まれるだけならまだしも、さらにシンは様々な嫌がらせを受けてきたのだ。

「俺、見ちゃったんです。アスラン先輩が藁人形に俺の写真を釘刺してるとこ。後俺の上履きの中に画鋲入れてたり――」
「うわぁ…。アスランって案外女々しくて陰湿だよねぇ。頑張って」
「あんたが俺に付き纏うせいでしょうが!」
「愛には障害が付き物じゃん」
「愛なんかいらんから!!」
「ヘー、寂しい子だね。大丈夫。ぼくが君に本当の愛を教えてア・ゲ・ル♪」
「〜〜〜っ!」

 キラとシンの会話もまた、果てしなく平行線を辿っていっていた。
 シンの睨みつけなど、歯牙にもかけないキラはなんといきなり制服を脱ぎだし始めた。

「路上でいきなり脱ぐなぁ!!」
「路上じゃなく廊下。誰も見てないし、いーじゃない。なんか不都合ある?」

 大ありだ!!
 誰かに見られたら、あらぬ誤解を受けそうで怖いんだよ!
 が、それはシンの杞憂に終わり、人目に触れることなくキラは着替え終える。

 スカートに……。

「やっぱり、あんたも変た…ゴフッ!」
「シン。君がツンデレなのは知ってるけど、ここは素直に『可愛い』って褒めるところだゾ?」
「誰がツンデレだぁ!」
「だって酷いじゃない。ぼくが女装しなきゃならない切実な理由、知ってるくせに」

 キラが着替えたのは、近隣の女子高の制服だ。

 学校では姫と騒がれ、シンにも言い寄ったりと、こんなに怪しい先輩なのだが、実はれっきとした彼女がいる。
 その彼女に逢うために毎日放課後は女装して、女子高に潜り込んでいるのだ。

 ってこれじゃあストーカーじゃないか?と聞いたところ、『彼女からちゃんとお呼ばれしてんだよ』と拳骨と共にお返事を頂いた。


「つーか彼女いるなら、俺を恋人扱いするのはやめてください!」
「イヤだっ。シンったらヤキモチ?」
「チガーウ!」

 言い方が悪かった。居なくても即やめて欲しい。

「だってアスランにぼくに彼女がいるってバレたら……面倒なことにならない?」

 男のシンにさえ嫉妬心メラメラのアスランに、彼女の存在がバレたら―――うわっ。想像したくない。


「もしアスランが彼女に危害を加えたりなんてぼく、アスランを殺しちゃうカモ」


 キラの瞳が妖しくも剣呑に輝く。
 マジ過ぎて洒落にならねぇ!
 双方血を見る修羅場だ!

「ラクスに手を出すなんて何人たりとも許すわけにはいかない」

 こんな唯我独尊暴虐不尽な人でも、自分より大切な人がいるなんて、と初めて聞いた時は感銘をうけたものだが、いない方がマシだったかもしれない。

「……ホント、キラ先輩がおちるなんて、どんな魅力に溢れる彼女なんですかね」
「ラクスは綺麗で可愛らしくて優しくて……この世の誰よりも素敵な人だよ」

 凄い惚気ようだ。
 真顔で言えるのも凄いが……。

「本当に彼女さんのこと、大好きなんですね」

 きっと彼の毒さえ浄化するような仏のような女神様なのだろう。

「うん。けどまぁ、ラクスならアスランからの嫌がらせなんて撥ね除けて、百倍くらいでやり返しそうだから杞憂だとは思うんだけど」

 はい?

「ラクスはぼくより黒くてサドだからさ」

 前言撤回。
 類は友を呼ぶ。

「……そうですか。サド同士とってもお似合いそうですね」
「彼女から見たらぼくはマゾ属性らしいよ?」

 どっちだっていいわ!

「とにかく!!俺を巻き込まないで下さい!!」
「ムリ」
「一刀両断で切り捨てないで下さい!!」
「君の尊い犠牲のおかげで、平和は成り立ってるんだよ」
「〜〜貴方の平和なんて知ったことかぁーッ!!」


 シンの学校生活に当分平和は訪れそうにない。