ある日の放課後、俺はキラ先輩に無理矢理引き摺られ、先輩の恋人の通う女子高の校門前にいた。

「てっきり俺も強制的に女装させられるのかと思いましたよ」
「したかった?」
「全然」

 そっちの趣味はない。

「だってさぁ、女子高の校門前で男子が一人だけ立ってる方がある意味羞恥プレイじゃなかなって思ったんだぁ。どう?」
「〜〜〜ええ!期待通り、さっきからかなり視線が痛いですよ!」
「あ!ラクスーっ!こっちこっち」

 キラはこちらの苦情を無視し、さらに注目を浴びるような大声を出した。

「キラ」

 で、呼ばれてこちらに小走りで駆け寄ってくるのが……天使だった。

 うわぁ…!

 キラの惚気が決して大袈裟なのではないと納得した。そんじょそこらのアイドルなんか目じゃない美少女だ。
 キラはラクスにシンをこう紹介した。

「ラクス。彼がいつも話している、ぼくの大親友のシン」

 俺は初耳です。男子校では恋人、女子高では親友設定なんですか…。
 多分本音では『オモチャ』なんだろーな。

 つーかアスラン先輩の立場は?
 あ、人生の汚点だったっけ。

「まぁ、可愛らしい方」
「そんな!貴女の方が可愛いです!」
「ちょっとシン!ラクスを口説かないでよっ」

 そ、そんなつもりでは!お世辞…いや本音だけど、えーっと…。

「安心なさいませキラ。私はキラの容姿の可愛らしさの方が私好みですから」
「ほんと!?よかったーv」

 俺的にもほんとよかった。
 男として可愛さで勝ちたくなんてないし、んなもんで勝ってキラ先輩の怒りを買いたくはない。
 
「あっ…そうそうキラ」
「どうしたの?ラクス」
「朝お父様に言われるまですっかり忘れていたのですが、今日はこれから婚約者と逢う約束をしていたのです。宜しければお二人もご一緒しません?」

 ………。
 こ、


「「こ…んやくしゃ?」」


 俺の吃った呟きは見事にキラ先輩とハモった。

「こ、婚約者って冗談だよね?ラクス」

 この時のキラの顔は化けの皮を剥がしたような素の表情で正に見物だった。
 青褪め声を震わしている半泣き状態のキラなんて一生に一度見れるか見れないかくらい貴重だ。
 写メで撮っておけば、脅しのネタにでもなるだろうか。いや、携帯を壊されるのがオチだな。

 ラクスはキラの願いも虚しくさらりと肯定してしまった。

「本気ですけれど?」
「ぼくは遊びだったの!?キープだったの!?」
「何を言っていますのキラ」

 必死に縋りつくキラを心底不思議そうに見ながらラクスはあっけらかんと、こう言い放った。

「婚約者と恋人は違うものでしょう?」

 ……これは。
 天然だ。彼女は天然のさらに上をいった天然だ。

「婚約者は親に決められた相手で恋人は自分が決めた相手。全然違いますわ」

 えっと…つまりは本人に自覚無しの二股…なのか?
 恐る恐るキラを覗き見ると、普段からは考えられないような不安げな顔で、嘘泣きではなく本気で瞳を潤ませてラクスを見つめていた。
 そして消え入るような小さな声で呟く。

「………ラクスはその婚約者とぼく、どっちが好き?」
「もちろんキラですわ」

 自信無げな――しつこいようだが、ほんっとうに二度とお目にかかれなそうな顔だ――キラに対して、ラクスはにっこり即答する。
 曇りない満面の笑みにキラもホッとしたのか、にこりと微笑み返した。

 とても良い雰囲気。
 ……多分俺、忘れ去られてんな。

 邪魔するのも野暮なんて、俺はひっそりと踵を返し……。


「げっ!」


 振り向いた先にいたのは、マジで邪魔にしかならなそうな人物。
 そう、アスラン・ザラだった。

「キラっ!な、なんでお前が此処に!?」

 俺超シカト。
 あるいはマジでキラ以外見えてないのか。
 つーか、あんたこそなんでここにいるんだよ。女子高だぞ?キラ先輩を追っかけて来たんじゃないならなんで……。

「まぁアスラン」
「ラクス!何故キラが女子高の制服を来てるのですか!?貴方の仕業ですか!?グッジョブです!!キラ!写メ撮っていいか!?」

 良い雰囲気をぶち壊されたキラは、無言でアスランの携帯をバキリとぶち壊した。

 マジでキレる寸前そうなキラの糸を切ったのはアスランではなく、ラクスのにこやかな台詞だった。


「紹介しますキラ。こちらが私の婚約者のアスランですわ」


 ……俺、逃げていーかな。