プツン

 キラがぶちキレる音を確かにシンは聞いた。ヤバい!

「ラクスとの婚約、今すぐ取り消せ」
「ははは。ラクスに嫉妬するなんてキラは本当に可愛いなぁ」

 地獄から響くような声音で凄み、カッターナイフで首元を脅してくる奴が可愛いと思えるアスランは末期だな…。

「まぁ。お二人は知り合いなのですか?」
「違っ…」
「ええ。俺はキラの幼馴染み兼親友兼恋人です!」
「あらあら?キラの親友はシンくんで、恋人は私のはずですが」
「それは何かの間違いですよ。な?キラ」
「その人ちょっと妄想癖があるみたいだね。ラクス、今すぐ婚約は解消した方がいいよ。無理ならぼくが近いうちに闇討ちしてきてあげる」
「あら?幼馴染みでもありませんの?」
「うん。たった今初めて逢った赤の他人よりも遠い他人だよ」
「キラ!可哀相に…記憶喪失になってしまったんだな?よし!今から病院に行こう!」
「可哀相なのは君の頭の方だけなんで、君一人で精神科に入院してきなよ。もし少しでもマシになってきてくれたらカテゴリーを『同級生』に格上げしてあげないこともないよ」

 毎度のことだけど話が噛み合ってないな。
 言い合いは更に激化の一途を辿り、遂にキラは刃をアスランの動脈目掛けて振り翳した。

 まぁアスランはなんなくそれを交わしたのだが……。

「あのラクスさん?」
「はい?」
「止めなくていいんですか?」

 俺には無理だがラクスさんなら止めれる気がする。絶対。
 しかし彼女を首を横に振った。

「男の子の喧嘩に口出しするものではありませんわ。それに女同士の喧嘩と違って可愛らしいじゃありませんか」
 
 ……ラクスさんにはキラの手にあるカッターナイフが見えないんだろうか。
 てかこれが微笑ましい次元のいざこざならラクスさんって普段同性とどんな悍ましい喧嘩を繰り広げてるんだろう。
 陰湿でえげつないイメージが脳内に走る。
 なんとなく脳内のイメージよりさらに上をいく現実が待ってそうな気がする。

 ともかくシンはめげずに説得を続ける。

「キラ先輩が人殺しにならないうちに止めた方が良いと思いますっ」
「あら。キラならきっと完全犯罪を貫けると思いますわ」

 …………。
 なんか凄くズレていて恐ろしい回答を貰った気が……。

「……そっスね」

 脱力したシンがやっとそれだけ返事をできたときには、アスランはキラのカッターナイフを糸も容易く奪い取っていた。
 それで反撃するなんてことは勿論なく、にこやかに「刃を出しながら持ち歩くのは危ないぞ」と忠告するだけ。
 そんなアスランに対してキラはチッと舌打ちして「やっぱり、闇討ちしか…」とぶつくさ物騒なことを呟いている。

 なんだかんだいってアスラン先輩って学校一腕っ節強いんだよなぁ。
 まぁ、キラのが強かったら本気でアスランは既にこの世から去ってるだろうし、ちょうどバランスは良いのかもしれない。

 こんな奴等のことを真剣に心配してやってる自分の人の良さが馬鹿らしくなりながら諦めの溜め息を吐いた。
 そんな俺の横でラクスさんはのほほんと言った。

「良かったですわね」
「何処が!?」
「だって口封じされずに済んだのですもの」
「口封じ?………って、まさか俺!?」
「目撃者がいては完全犯罪は貫けませんもの」

 ちなみに長話をしているうちに皆下校してしまい、校門前に他の生徒の姿はない。

「あ、あはははははは」
「ふふふふふふ」

 さすがキラ先輩の彼女……可愛いだけじゃ終わらない。ていうかキラ先輩より最強だろ。

「………二人ってキラ先輩の方から告って始ったんですか?」
「いいえ。私からですわ。最高の愛の詩を歌って、キラを私に溺れさせましたの」
「…そ、そっスか」

 詳しく聞きたいような怖くて聞けないような………。