「さようなら。ラクス様」
本物のラクス様の、最後の台詞。
皮肉を言われたのかと思った。
あるいは自棄になったのかと。
しかしその表情は、哀しげに微笑んでいて、憐れまれてるのだとわかった。
どうして?
哀れなのは貴方よ
居場所を盗られ
殺されて
そうでしょ?
慰霊。そしてコンサートの為にわたしはオーブへ来た。
オーブは議長に最後まで逆らった国だから、戦火の痕は数年経った今でも痛々しい。
「…わたしは許さないからな」
今はお飾りとなった国の代表は、握手を拒み、そう言った。
「私には今、自由がない。だが心だけは自由だ」
久々に…憎しみの目で見られた。
ラクスに向けられる視線は、いつだって尊敬、羨望、崇拝、好意の目ばかりだった。
だからわかった。
この人はラクスじゃない。『ミーア』を見て、憎んでいるのだと。
「ラクス様を知っているの?」
「友達だった。彼女は戦後、オーブで暮らしていたからな」
「何故プラントに帰らなかったの?ラクス様は役目を果たすべきなのに、放棄するなんて」
そのせいであたしみたいな偽者が造られた。
「ラクスが役目より自分の、いや、好きな人の幸せを選んで何が悪い。ラクスにはラクスの未来を選ぶ権利がある。例え権力を失ってもラクスがラクスであることに変わりはないしな」
そうだ。
彼女は本物なのだから、何をしたって自由だ。
でもあたしはラクスじゃないから、皆が描いた虚像のラクス様に縛られる。
ラクス様を責められない。
偽りの人生を選んだのはあたし。
「ラクスの名は差し上げますわ」
「じゃあなんでまた表舞台に出て来たの!?本当は奪い返したかったくせに!偽善者ぶらないで!」
「議長がキラを殺そうとしたからですわ」
「え?」
「キラは私が殺されそうになった時、あれ程嫌っていた戦場に、還りました。私も同じですわ。キラと共に生きていける世界のために私は戦うのです。そんな世界に戻れたのなら、もう平和の歌姫ラクスは貴方に差し上げます」
「そんな世界………来ないわ」
カチャリ
「…解り合えませんの?」
「貴方にだって欲はあるでしょう!?貴方は約束を守らないっ!きっと手放せなくなる!ラクスをくれなんてしないっ!」
「…ミーアさ…」
「その名で呼ばないで!あたしは議長の望む世界に賛同するわ!あたしの必要とされる世界だもの!そして貴方はいらないのよ!」
「世界の為に人は存在するなんて違いますわ…貴方や私が存在する場所。それが世界ですのに」
「貴方とあたしじゃ考えが違うのよ!」
「ええ。違う人間なのですから。だから、望みも全く逆。貴方は歌姫になりたかった。私は――普通の少女になりたかった」
気が付けば慰霊碑の前にいた。
あたしが盗んだラクスの名は決して刻まれはしない。
確かにもう一人のラクスは存在したのに。
「ラクス様!」
「え?」
「やっぱり、ラクス様だ。帰って来たの?キラお兄ちゃんは?また孤児院で暮らしてくれるの?」
「い、いいえ」
「そっか。ラクス様、忙しいんだもんね。あっ、ちょっと待ってて」
暫くして渡されたのは
「私達のこと、忘れないでね」
数枚の写真だった。
子供と戯れ合ったり
恋人と一緒に歩いていたり
地味な服で、でも楽しげに、年相応のラクスという少女がそこにいた。
「っ」
「ラクス様?どうして泣いてるの?」
「いえっ、忘れないわ」
あたしは貴方を忘れない。
「貴方もどうかラクスを忘れないで」
あのラクスを忘れないで
|