第三者から見たら、きっと二人はさぞ理想の親友像に映っていただろう。
支え合い、協力し合いーー…
二人を英雄視するオーブ軍人の前で、険悪な雰囲気は見せられなかったんだろう。
だけどやっぱり、回りの目なんて気にせずに殴り合いの喧嘩くらい貴方達はするべきだったんだ。
拳で分かり合うのが男の友情ーーそんなベタベタな青春映画みたいにさ。
「え?ザフトに?」
「うん」
「アスラン…には言ったんですか?」
「今から言いに行くよ。アスランだって分かってくれるよ」
嘘だ。
貴方達の間に走った亀裂は既に限界で、貴方は皮一枚で繋がっているそれを割りに行こうとしているんだ。
聡明な貴方なら、気付いていたでしょう?
どうしてこの時、止めなかったんだろう。
どうしてすぐにその背を追いかけなかったんだろう。
迷い立ち尽くした数十分の時間……決断に遅れた俺を、俺は今でも悔やんでも悔やみ切れない。
間に合わなかった俺が見たのは血に染まる海。
「……ラクスは?」
ちょうど俺しか見舞い客がいない時だった。奇跡的に一命を取り留めた貴方は、まず最愛の女神を呼んだ。
「ラクスさんならもうすぐ来ますよ。貴方が病院に運ばれたという知らせを請けてから、すぐにプラントから自家用ジェット機で飛んだそうですから」
キラさんは嬉しそうに微笑んで、でもすぐに申し訳なさそうな顔に変わった。
「そっか…。ラクス、忙しいはずなのに、迷惑かけちゃったな」
「余計な気遣いを使わないで、ラクスさんが来たら、めいいっぱい逢瀬を楽しんでください。邪魔者は退散しますんで」
俺はわざと茶化した。
そうでもしないとこちらが暗い空気を放ってしまいそうだったから。
「オーブ代表も叔母さんも、少し前までいました。皆、とても心配してましたから、明日貴方の元気な顔を見せて、安心させてあげて下さい」
「うん」
…もちろんアスランは見舞いには来なかった。今何処にいるのかもわからない。
俺は皆に「記念碑沿いの浅瀬にキラさんが倒れていた」としか言っていない。
犯人の名は言わなかった…言えなかった。
そしてその名をキラさんの前で出すことも、もちろんできなかった。
とりあえず起きた途端、気が動転して暴れ出すのではとの危惧もしていたので、キラさんが落ち着いているのに安心したがーー気落ちした様子もないし、空元気にも見えない。あんなことがあった後なのに、この落ち着き様はむしろ異常なのではないか?
そうーー異常だったのだ。
「でも、ぼくのドジで、こんなに皆に心配かけちゃうなんて」
「え?」
「うっかり蹴躓いて、頭をぶつけた挙句に、意識を失って、浅い海で溺れるなんて…本当は恥ずかし過ぎて皆に合わす顔がないよ」
若干頬を染めながら苦笑するキラさんに、俺は固まった。
この人は何を言ってるんだ?
まさかアスランを庇って?
違う。庇うならそんな稚拙な嘘は言わない。
「あ。ねぇトリィは?」
ずっと貴方に寄り添うように飛んでいたトリィ。まるでアスランの過去の残影のように…。
キラさんの声に反応してか、大人しく部屋の隅の棚の上に止まっていたトリィは、主の元へ羽ばたいた。
「ああ。良かった。ちゃんといたね」
「キラさんは本当にトリィが大切なんですね」
「そりゃあ、君がくれた大事な宝物だもん。ぼくの小さなお友達だよ」
…………。
「え?」
トリィが大切なことは重々承知している。
アスランがくれた物だと貴方は言っていた。なのに
君ーーー俺?
「ーーキラさん…俺の名を呼んでくれますか?」
「? シン」
不思議そうに。でも確かに俺の名を呼んだ。
だけど貴方は次にこう言った。
「さっきから思ったんだけど、なんでぼくに敬語使ってるの?」
俺は貴方に出逢ってから今まで敬語でしか話したことがない。
何も不思議なことはない。なのに貴方は言う。
「何かの罰ゲーム?気持ち悪いからいつものように、喋ってよ」
いつも?
それは誰のいつも? アスラン・ザラに決まっている。
俺はついに絶え切れず、その名を貴方の前で吐いた。
「しっかりして下さい!それは俺じゃなくてアスランのことでしょう!?」
貴方は錯乱などはしなかった。ただ一言こう言っただけ。
「誰それ」
全ての感情を削げ落とした声は、俺を金縛りにした。
ねぇキラさん。
貴方はアスランと、腹の探り合いばかりしていましたね。貴方はアスランの中に何を探してた?
今の俺には何となく解る。
貴方は『昔の面影』を探してたんだ。
だから貴方は今日、賭けに出た。
我が儘に自分勝手に。敢えて挑発するように言ったに違いない。
貴方はこれでアスランとの絶交ーーいや、絶縁を覚悟して、お別れを言い渡しに行ったんだ。
それでも貴方は期待していたんでしょう?
昔のようにアスランが笑って頷いてくれることを。
「……何でもないよキラ。悪かった」
「変なシン」
これは俺を救ってくれた貴方達を救えなかった、俺の俺への罰ゲームなんだ。
だからアスランの罪は俺が償います。
俺が代わりに、貴方に笑って頷きましょう。
所詮それが偽りでしかないんだとしても。
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