一年後、アスランは約束通り、あの日の喫茶店にいた。


 まさか本当にあれから一年も逢えなくなるとは思わなかった。
 当たり前だ。あの後キラが行方不明になるなんて思いもしなかったのだから。

 キラ……。

 彼が自発的に失踪した可能性は極めて低い。そんな素振りは全く見せなていなかったし、認めるのは癪だが、アスランはともかくラクスに黙って彼が行方を眩ますなんてことは有り得ない。
 何者かの手に墜ちたと見て間違いないだろう。
 先の戦争に大きく関与したキラを含む自分達は、英雄と持ち上げられていると同時に、いつ闇討ちされても文句が言えないほど怨みも買っている。

 彼が消息を絶って一年。
 生きている可能性は0に等しい。
 頭では彼の生存など既に諦めている。
 だが心は、あいつならきっと!という想いを捨て切れずにいる。
 そんな心理が彼をこの約束の地へと赴かせたのだ。
 とは言っても、もしキラが実際に生きていたとしても、あんな冗談混じりの約束事など当に忘れ去っているだろう。
 あいつはそういう薄情な奴だ。
 生きていようが、死んでいようが、彼は来やしないのだ。
 だが、だからこそアスランは此所で彼を待つことができる。
 来なくてもキラがこの世に既にいない証明にはならない。
 全く我ながら支離滅裂なことをしているものだ。

 くっ、と自嘲したアスランをウェイトレスが不審な目で見ているが、気にはしない。そもそも今日の開店と同時に来店し、日が暮れてきた今まで、ひたすらコーヒーだけをおかわりしながら、じっと何もせずに座っている自分は不審者以外の何者でもないのかもしれない。

「ねぇねぇ。彼って待ち惚け食らってるのかしら」
「あんな格好良い人フるなんて信じらんな〜い」

 遂に声を潜めて下世話にアスランの事情を推測し出した。
 よほど此所のバイトは暇だと見える。見渡せば、なるほど。客入りはあまり良くない。別に場所は悪くないし、味も特別マズいとも思わないのだが、最近この近くに新しい喫茶店ができたらしいので、そちらに客を取られてしまったのかもしれない。
 今年は潰れていなくて助かった。
 しかし来年はどうだろう。というか、来年も俺は此所に来るのだろうか……。と、考え込んでいると、先程のウェイトレスに声をかけられた。

「あのぉ、お客様。そろそろ閉店なんですけど」
「っ?…ぁあ。すまない」

 気がつけば窓の外の世界は赤い夕暮れから闇色の夜へと変わっていた。
 最後におかわりしたコーヒもいつの間にか冷えてしまっていた。
 ガランと静まった喫茶店にアスラン以外にお客の姿は見えない。
 気まずくなったアスランは慌てて伝票を手に持ち、席を立った。


 ――――――――――その時。
 
 チリンチリーン


「すみません。お客様。もうすぐ閉店なんですけれど」

 閉店間際に新たなる客が来たらしい。
 何気なくカウンターを見た。


「一杯だけ、ダメですか?」


 息が止まった。
 それだけでなく心臓が止まるかと思った。

 聞き覚えのある、あの声ではない。
 でも、抑揚の付け方は似ている。


 アスランの瞳に映っているのは白衣を来た少女だった。


 その少女に目を縫い付けられたのは別に彼女の衣装のせいではない。


 性別も違う。
 年齢も違う。
 別人だ。

 だが似てる。
 双子の少女より、そっくりな少女。


 まるで彼が生まれ変わってやってきたかのような姿で少女は、ゆっくりと近付いてきた。

 金縛りにでも掛かったように動けない。
 動けたところで、少女の元に駆け寄りたいのか、逃げ出したいのかも分からない。
 ただ少女がやってくるのを待つだけ。


「遅れてごめんね。アスラン」


 少女から紡がれた言葉に、遂にアスランは掠れた声で問う。



「………キ……ラ…?」



 少女は肯定も否定もせずに、だた微笑んだ。