渋るアスランを、何処にも行かず家で大人しく君を待ってるからと宥めて仕事に送り出した後、ぼくは勝手にアスランのパソコンを使い、とある人物へとメールを送信した。


『キラです。逢って話がしたい』


 返事はすぐに来た。

『お待ちしています』

 簡潔な一文と、地図が添付されていた。

「…よかった、のかな。まだオーブに滞在していたんだ」

 逢うには近場の方が都合が良かったけど、近くにいるということは万が一にも、“彼”と“彼等”が出くわしてしまう可能性が高まる恐ろしいことでしかなかった。
 ぼくは処分するゴミ袋ーー白衣の下に着ていた血塗れた服。幸いにもアスランには気付かれなかったーーを持って、家を出た。






「やぁ。久しぶりだねラクス」
「初めまして。クッキーを焼いて待ってましたのよ」

 オーブのマルキオ邸の近くに造られたラクス・クラインの別荘は、一年と少し前にできたばかりで、一度きりしか此処に来た彼の記憶はなかった。
 そしてその記憶に違えることなく、此処はまるで天国のように美しい、世界から隔離された夢の花園。

「銃で歓迎されることも覚悟してたんだけどな」
「そんな恐ろしい真似は致しませんわ」

 よく言う。アスランに密偵までつけてる癖に。
 ぼくは嘲るように返した。

「キラそっくりなぼくは殺せない?」
「貴女は殺し合う為ではなく、お話される為にいらしたのでしょう?」
「貴女はぼくが『キラ』として生きて行くことを許すの?」
「私は許せませんわ」

 けれど、とラクスは続ける。

「キラは許すはずですから」
「…貴女がミーア・キャンベルを許したように?」
「ええ」
「確かにキラは許すだろうね。貴女もキラも偽善者だから」
「否定はしませんわ」
「優しいねラクス。今日はそんなお優しいラクス様に、お願いがあって来たんだ」
「まぁ、何でしょう」
「今後一切アスランに近付かないで」

 恋愛ドラマの悪女か、あるいはそのライバルに追い詰められたヒロインが言いそうな台詞だな、という自覚はある。ぼくが悪女側で構わないが、今の状況は決してラクスがヒロインというわけではない。

 むしろお邪魔なヒロイン役は……。

 ラクスもそれは重々承知のようだ。

「近付いて欲しくないのは私ではありませんでしょう?」
「その通り。ぼくが引き合わせたくないのは、アスランとオリジナルだ……姿を見せないけど、オリジナルは今此処にいるんでしょ?」
「ええ。お調べに?」
「君なら既に助けていると思っただけ」

 というかこちらの存在を感知してる時点でそう思うのが妥当だ。

「実はアスランには、オリジナルは死んだと言ってある」

 元々ラクス以外の誰もが彼の生存なんて諦めていたのだから、誰にだって通じる嘘。 

「アスランはキラが死んだというぼくの言葉を信じ、そして揉み消そうとして、ぼくをキラだと思い込もうとしている」
「それは上手くいきましたわね。それがお望みだったのでしょう?」

 そう。ぼくの望みはキラになること。
 ぼくは、キラの姿、キラの記憶を持っている。

「貴方はキラではない」

 ラクスは優美に微笑む。

「貴方がキラなら私よりもアスランを選ぶなんてありえませんもの」
「……凄い自信だね。そうだね。確かにキラなら真っ先に君の元に駆け付ける」

 アスランもラクスも読める絶対間違えないキラの行動予測。

「けどね、ぼくにはキラの君への愛が……怖かった」

 キラにとって愛という感情だったものは、ぼくの中で畏怖へと変わった。

「それは貴方がキラの記憶を持ちながら、キラを理解することができないからです。所詮は違う存在なのですから他人の想いまで自分のものになどできませんわ」
「確かにぼくとキラでは多少考え方に差異があるみたいだけど……でもぼくはやっぱりキラだ」

 君に否定されたって痛くも痒くもない。だってーー…。

「ラクスのキラにはなれないよ。でも、アスランのキラにはなれる」

 なんだかんだいってキラには甘くて優しい彼を、ぼくは好きになった。


「アスラン以外、他に何もいらないんだ」


 ほら、ぼくはキラそっくり。

 ただ唯一の対象が変わっただけ。


「私もキラがいればそれ以上に望むものは何もありません」


 恐ろしいね。ラクスもアスランも、たったひとつを望む。
 でもたったひとつのものも、たったひとつしか望まない。
 もしかしたらぼくは、ひとつのものを平等に分け与えるために生まれてきたのかもね。