「ありがとう」
「は?」

 突如の感謝の言葉にぼくは面食らう。

「貴女は研究所から脱出を謀る際、オリジナルを殺してしまうこともできた。なのにキラを生かしておいてくれた。ですからお礼を言ったのです」


 違う。
 殺さなかったのではない。
 殺せなかったのだ。

 オリジナルは自分の一部のように近くて、神のように遠い聖域だから。


「もし、貴方が彼を始末していらっしゃったら、本当に銃でご挨拶に窺うところでしたわ」

 恐ろしいことを女神に笑顔で述べられる。
 なのに冗談のかけらも感じない本気を肌にビリビリと感じた。
 オリジナルの記憶を完全に継いでるのに、ぼくには彼女を愛しいとは一生思えそうになかった。

 彼のようにはーー…


「らくすー?」
「!」

 身体が無意識に震えてしまった。

「らくすいたーっ!」
 
 キラは親鳥を見つけた雛鳥のように彼女の元に駆け寄ってくる。
 至近距離まで到着した時に、やっと隣りにいるこちらに気付き不思議そうにぼくを見た。

「きみはあそこにいたこ?」
「覚えていてくれたんだ。光栄だよ」

 さらにキラはじっと見つめ続ける。居心地の悪くなる無垢な瞳で。

「きみは、ぼく?」

 怯えや疑いも存在しない。ただ純粋に問われる。

「そう。ぼくは君だよ。キラ」

 君よりも完璧な。
 今彼と戦場で闘えば、勝てる自覚がぼくにはあった。
 それなのに、何故ぼくはこんなにも怖じ気づいているのだろう。
 ぼくの答えに対して、キラはぼくとラクスの合間に無理矢理割り込むという行動を起こした。

「…なに?」

 キラはキッとぼくを睨み付けた。

「ラクスはぼくの!」

 ……ぼくにラクスを取られると危惧したらしい。そんなこと双方お断りだからあり得ないのに。
 今も昔も彼の関心がラクスにしかないのは、記憶を失っても、変わらないことのようだ。

 彼が本物だというだという事実も覆せやしない。その逆も?
 やはり人を形成するのは記憶ではなく、器なのだろうか。それとも魂?

 所詮ぼくは紛い物でしかないんだろうか……。
 先ほどまであった自信は急激に萎んでいったけど、別に落ち込む必要はない。
 彼とぼくに必要なものは違う。


 争う必要などーーーないんだ。


「大丈夫。取りはしないよ。でも違うものは貰うからね」
「? ぼくはラクスしかしらない」
「うん。そうだね。それでいいんだよ」

 ずっとこのままでいればいい。

 ぼくとキラの邂逅を黙って見守っていたラクスは静かに言った。


「さようなら。二度と逢うことはないでしょう」


 それはぼくの願いを了承する言葉だった。


「さよなら」


 キラもラクスに倣って意味を理解する事なく、永久の別れの言葉を紡いだ。

 後はぼくが受諾するだけ。


「さようなら」



 契約は交わされた。