故意にラクスと引き離されていると気付くのに、そう時間はかからなかった。

「ラクス・クラインは皆のものであり、誰か一人のものになってはいけないんだよ」

 問い詰めると議長は悪びれもせず当然のことのように断言口調で答えた。

「何を勝手なっ!ラクスは貴方の人形ではない!」
「彼女を私に捧げたのは君だろう?」
「違う!ぼくが差し出したのはぼく自身だけだ!」
「君は私に、彼女を皆の歌姫にしてくれと嘆願してきたじゃないか」
「それは…そうでなきゃ、貴方はラクスを殺していた!」

 喚くキラに議長はやれやれとかぶりを振る。

「……弁えてくれないかなキラ君。君と彼女の役割は違う。君達の運命は決してもはや交わらることがない定めなのだよ」

 諭すような言い方だが、その傲慢な微笑みは優越に満ちていた。

「君は実に可哀相な子だよキラ君」

 憐憫を滲ませながら嘲笑う顔がキラにはとても憎たらしかった。
 議長はなおも反吐の出る言葉を続けた。

「正しく運命の輪が回っていたのなら、君という存在は生まれぬはずだった。故に君は、本来この新世界には不要。だが私は敢えて君に役割を与えてあげたのだ。新世界の最強兵器と言う役割を」

 もう限界だ。
 この男の顔を見るのも、声を見るのも耐えられない。

「次から命令はメールか人伝にして下さい」

 一睨みして言い捨てるとキラは乱暴に扉を閉めて退出した。

 人が神を気取るとはなんて愚かしいのだろう。
 そしてまた、そんな彼に従うしかない自分も愚かしく屈辱でしかなかった。

















 久々にスクリーン越しではなく、生身のラクスを見つけた時、一人佇む彼女の横顔は寂し気で、キラは自らの過ちを痛感することになる。

「神によって、縛られ続ける生に何の意味があるんでしょうね」

 それはキラにたいしての投げ掛けではなく、溜め息のように消え入る声で吐露された、ラクスの独り言だった。

 偶然にも彼女の本音を聞いてしまったキラは声をかけるタイミングを失い、立ちすくんでしまう。
 ラクスの為にしたことが、結果としてラクスを生き地獄へと突き落としている。

「キラっ?」

 背後に直立しているキラに気付いたラクスはキラの顔色を見て、独り言を聞かれたことを知る。

「……キラ、私のせいで辛い目に遭わせてごめんなさい。貴方を自由にさせてあげたかったのに、私は貴方の足枷にしかなれない」

 ラクスはキラがラクスの為に議長に従っているのだと、とっくに感付いていた。

『ラクス。プラントへ行こう。また皆の前で歌って。大丈夫。プラントは君を歓迎しているよ』

 有無を言わずにキラにプラントへ連れて来られたあの日からキラとラクスは自由を失った。
 しかしラクスは自由を失う変わりに、生き続けることを許された。あんなにも戦うことを疎んでいたキラが殺人人形となることを代償として。
 キラのおかげで生き長らえているのに、我が身の境遇を嘆くなんて、とラクスはキラに頭を垂らしたが、キラはそんなラクスの頭を優しく撫でた。

「ううん。ぼくこそごめん。君の運命を、あの日ぼくが勝手に決めてしまった」

 ラクスは何も悪くない。
 エゴ。これはキラの身勝手なエゴのせいだ。
 あの日きちんとラクスと話し合ってから、議長の元へ向かうべきだった。

「ぼくは後悔しているんだ。ぼくの選んだ道は間違えだって」
「だってこの世界では君は幸せになれない」
「キラも幸せそうには見えませんわ」
「……うん」

 ただラクスが生きていければ良いだと思った。
 だが違った。
 命よりも大切なことがあったんだ。
 それはラクスの幸せ。
 ラクスの幸せは如いてはぼくの幸せになる。

「行こうラクス」

 二人で幸せになるにはもう道はこれしか思い付かなくて。

「自由な世界に羽ばたこう」

 天使でも鳥でもない彼等は翔べなんてしない。
 いくら女神だと崇められる『歌姫』も、最高の存在だと畏怖される『夢』も、所詮は『人』なのだ。
 キラはこう言ったのだ。


『一緒に堕ちよう』


 ラクスはためらうことなくキラの手を取った。


「ええ。逝きましょうキラ」


 二人は運命という神に監視された偽りの楽園で生き続けるよりも、天から地に堕ちるまでの僅かな自由なる刻を選んだのであった。