「何処へ行きたい?」
「デートがしてみたいですわ。普通の女の子みたいに」
「…お相手はぼくでいいの?ぼくはあんましフツーじゃないけど…」
「キラとだからしたいのです。それに貴方はもうフツーの男の子です。そして私もフツーの女の子。ね?」
「……うん!」
人込みに紛れ、ちっぽけなただの人間になって、ままごとのように拙い二人の『デート』は始まった。
裏切り者の名はラクス・クライン。そしてキラ・ヤマト。
女神と英雄。運命計画の象徴ともいえる二人が真っ先に反逆するなど、 国民にバレたら混乱は避けられない。
昏迷の時代に逆戻りだ。
「それは避けなければならない。そうだろう?アスラン。だから私は誰よりも二人と親しかった君に彼等を託したいと思う」
「………了解しました」
親しかった。
過去形なのは意図してなのか。
どうでもよいことばかりが引っ掛かった。
アスラン独自の情報網により、二人の居場所はすぐに割れた。
遊園地。
しかも、最寄りのだ。
二人は変装すら真面にしていないらしい。
逃げ切る気など端からなかったようだ。
駆け落ちをした二人の望みは、愛を貫いて共に死ぬことか。
させやしない。
これだけ人の想いを弄び踏み躙った彼に、幸せな最期など赦しはしない。
復讐してやる。
彼等が描いた美しい悲恋のシナリオを打ち壊しに行こう。
「待っていろキラ」
お前の澄ました顔が歪む様を存分に拝んでやる。
キラとラクスがやってきた遊園地は来月で閉園となるらしく、閑散としていた。
廃れ寂れた様子は、まるで神に見捨てられた地のようで、神に愛想を尽かした己には、相応しくお似合いた。
「キラ?」
自嘲したキラに気付いて、ラクスは振り向く。
「なんでもないよ。てかほんとに此処でいいの?もう少し先に最新の設備が整った結構人気スポットな遊園地もあるんだけど」
「こちらの方が空いていて、好きな乗り物に沢山乗れますわ」
「…それもそっか」
自分達には余り時間の猶予はないのだから、待ち時間なんて悠長なことは確かにやってられない。
「何に乗りたい?」
せめて今だけは夢を見よう。
何も知らなかったあの頃、月にいたときのように無邪気で幸せな夢を……。
キラとラクスは観覧車に乗っていた。
錆びた乗り物はギシギシと不安定に揺れている。前にも後ろにも人影はない。もしかしたら今観覧車に乗っているのは彼等しかいないのかもしれない。
ただでさえ入園者数が少なく貸し切りに近い状態なのだから有り得る話だ。
なら万が一この観覧車が故障しても、ぼくらが乗っていることに誰も気付いてくれないかも。
そしたら窒息死かなぁ?いや、窓開くかも。なら餓死?
半分くらいまで上がった観覧車は風に煽られて一層強く揺れた。
まるで落とされそうだ。落ちたらベシャリと潰れるんだろうなぁ。閉じ込められてじわじわ死ぬか、落ちて一瞬で死ぬか、どちらがマシだろう?
と、無意識にたいそう暗い思考に陥りながら何気無く地上を見下ろして、ある一点に視線は捕らわれた。
夜色の髪。
タイムリミットが来てしまったのだ。
彼は観覧車から二つほど離れたメリーゴーランドの近くにいた。
それだけ遠くにいて見つけられたのは、伊達に幼馴染みをやっていない証拠か、あるいは単に賑わっていないこの遊園地では彼が目立ち過ぎるせいか。彼の回りに人はいない。単独で来たのか、別れて捜索しているのか。彼はまだこちらに気付いていない。
万が一視線が合うのが恐ろしく、キラは観覧車内に視線を戻す。
車内には穏やかにキラを見詰めているラクスの微笑みがあった。
「魔法の時間は終わりですのね」
ずっとキラの様子を眺めていたらしいラクスは全てを見透かす瞳にキラを写す。
「ラクス…ぼくは」
「解っています。私も貴方も最後の役割を果たさなければなりません。誰に命令されたのでもない、自らに架せた最期の役割を」
ラクスは肩から下げた小さなバックから小瓶を取り出して見せた。精巧な細工が為されたガラス瓶の中には無色の液体が入っている。香水だろうか?
「誓いのキスをしましょう」
「え?」
小瓶の蓋を開けると、ラクスはこくりと中身を一口飲んだ。
「私ラクス・クラインはキラ・ヤマトのものであると誓います。貴方は私のものであると誓えますか?」
ラクスはもう一度、液体を口に含み――今度は含んだまま飲もうとしなかった。
キラはその行動でラクスの意図を悟った。
「誓うよラクス」
そう言うとキラはラクスの唇に己の唇を重ね合わせた。
そしてラクスが口に含んだ液体をキラは己の喉に伝わるようにし、こくんと飲んだ。
頬や額へのキスはしたことがあったけれど、キラは決してラクスの唇に口付けをしたことはなかった。
フレイとの一件がキラを臆病にしていた。
ラクスを汚すのが怖かったのかもしれない。何処かでやはりキラはラクスを聖女として見ていたのだ。
しかし今は違う。
今はただの男と女。
唇を離した後、二人は観覧車が下りて開くまで、優しく抱きしめあっていた。その温もりを最後まで忘れないように。
「愛していますキラ」
「愛しているよラクス」
それを合図に二人はどちらかともなく離れて、お互い別方向に去って行った。
二人とも決して振り返らなかった。
二人での最初で最後のキスは甘苦い死の味だった。
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