十二時を過ぎて、また元の灰被りに戻ってしまった女の子に、魔法使いは言いました。

「もう一度、ラクスになりたくはないかい?」

 必要なものは鼠でも南瓜でもありません。
 対価はお姫様の命です。

















 お姫様の元に辿り着いた灰被り――ミーアを、お姫様――ラクス・クラインは壇上の上から見下ろしている。
 数十センチ立ってる地が違うだけなのに、遥か高みに彼女がいるような威圧感をミーアは感じた。
 彼女は自分を殺しに来た暗殺者のミーアを、友達だとでも言う様に嬉しげに迎え入れているというのに。

「貴女なら、私に辿り着けると信じていましたわ」

 荒廃した遊園地のステージの上でなお、彼女は神々しい。むしろ汚れた舞台は一層、彼女の美しさを際立たせていた。

 同じ外見を持つ筈なのに、ミーアは彼女の姿に畏怖した。

 魔法使い――議長から渡された魔法の杖――銃をミーアはポシェットから取り出すと素早くラクスの胸元へ銃口を身構えた……が、震える指先は上手く引き金を引けずに邪魔をする。

「貴女の手を汚す必要はありませんわ。放っておいても、私もうすぐ死にますから」
「戯言をっ!」

 銃を向けられたラクスよりもミーアの方が明らかに怯えていた。

「毒を飲みましたの」
「嘘っ!…うそ…よ」

 いや、彼女は命乞いにこんな馬鹿げた嘘は付かない。
 その証拠に、否定する言葉尻が弱まるくらい、彼女の顔色は病的に白くなっていた。

「貴方に差し上げますわ。富も名声も、姿も歌も、私の持つ在りとあらゆるもの全て」

 あっさりと。

 ラクスはミーアの欲しかったものを捨ててしまった。
 奪う前に明け渡されてしまった。
 呆然する意識の中でミーアは思った。
 ミーアは自分はシンデレラだと思い込んでいたけど、違かった。
 自分は魔女だ。
 茨姫や白雪姫を毒によって眠らせる魔女…。でも茨姫も白雪姫も王子様の口付けで目を覚ますのだ。

「ラクス様の王子様は…?」

 脈絡なく口から漏れてしまったミーアの問いに、ラクスは驚くことなく答えた。

「おやすみのキスならもう頂きましたわ。私達はこれから一緒の夢を見ますの……永久に」

 そうか。ミーアはやっとわかった。
 彼女は王子様しかいらないのだ。
 愛しい彼さえ誰にも盗られずに、手に入れられるのなら全てを捨てられる。
 それが彼女の――皆が偶像崇拝した女神ではない、ただの夢見る少女の価値観なのだ。

「キラと私の夢は同じ。でも貴女と私の夢は違うもの」

 見てくれがどれだけ瓜二つでも器が違い過ぎたことはミーアはもう存分に痛感していた。

「貴女は貴女の夢を歌ってください」

 ラクスはミーアしか客のいないステージで、優雅に礼をすると歌い出した。

 これは何の歌だろう?初めて聴く歌だ。
 静かで
 優しく
 包み込む様で
 気持ちが落ち着く
 安らいてゆく…

 子守歌?
 鎮魂歌?
 追悼歌?
 誰の為に歌っているの?
 死に逝く自らへ?
 共に眠り逝く彼へ?
 それとも自惚れぬならば、ミーアへの別れの手向けに歌ってくれているの?

 そのどれでもいい。
 これはラクスの歌。
 ミーアの歌ではない。
 大好きだった。
 ううん。今も大好きです。ずっと大好きです。


 ―――いつの間にか歌は止んでいた。
 ラクス様は此処にいるけど――もういなかった。


 おやすみなさい
 どうか貴女に安らかなる眠りがあらんことを。


 貴女の歌は永遠に語り継がれるでしょう。
 永遠に世界は貴女のものとなるでしょう。
 けれど永遠に貴女が世界のものとなることはないでしょう。

 だって貴女は――お姫様は王子様のものだもの。