まるで今此所にはアスランとキラしかいないような……そんな錯覚に囚われる。
 が、二人だけの世界に1羽の碧い鳥が舞い降りて来た。

『トリィ』

 凡そ鳥らしからぬ鳴き声のペットロボット、トリィ。二人の友情の象徴……。
 トリィはぐるっと旋回した後キラの肩に止まり羽根を休めた。
 その様子をアスランは微動だにせず眺めていた。
 暫く息が詰まるような静寂が続く。

 ――沈黙を破ったのはキラの方だった。
 少々のためらいの後、ぎこちなく微笑んでからアスランへ話しかけた。

「やぁアスラン」

 その表情、その言葉、その仕草にデジャブを感じる。

「キ、…」

 呼び掛けようとして解った。
 これはあの日の再現なのだ。
 先の戦争開戦後の三度目の生身の対峙の時と同じことをしている。
 あの時は済し崩しに仲直りをして同じ道を歩むことになった。
 なら今は?

「二人で月へ……コペルニクスへ帰ろう」

 虚を突かれたのかキラが瞠目する。
 だがキラよりも発したアスラン自身の方が、自分の口から流れ出た台詞に驚いていた。
 自分はキラに復讐したかったはずなのに。
 いいや違う!
 本当に望んでいたのはっ

「アスラン。帰ったところで過去には還れないんだよ」

 先に驚きから脱したこキラはこちらの思考を読み取ったかのように返す。
 達観した物言いは憐れみに聞こえた。

「なら何故お前は来た!」

 アスランの激昂をキラは静かに受け止めた。真剣な表情でアスランを真っ直ぐ見つめてくる。

「ぼく亡き後、おそらく議長は君をぼくの後任とするだろう。元々は君の役目になるはずだったし……議長は君を栄光の裏の闇……殺戮人形として扱うはず。
議長に逆らってはいけない。でも全てを明け渡してはダメだ。
君は君のものであり、いつか君が愛す誰かのものともなる。そんな誰かと出会い、世界のことなんか二の次にして長生きして欲しい。
君には幸せに生きていって貰いたい。君はぼくのようになってはダメだ」

 助言。
 そんなものを言う為だけにキラはアスランを待っていたとでもいうのか。
 だがそんなことを当の反逆者に言われたくない。

「自分勝手に奴だな」
「傲慢な願いだとは承知の上だよ」
「お前に言われなくても、議長に従順な人形になる気はない」

 鼻で笑って一蹴すると、

「そう。なら良いんだ」

 キラは安心したように息を吐いた。

「だからお前を殺す気もない」

 こちらの方がアスラン的には重要な台詞だったのだが、キラには「そう」と今度は軽く流された。彼がキラを殺すはずないと信じられていたわけではなく、自分の命に対して本当にどうでもよさそうだった。
 その証拠にキラはすぐに釘を刺してきた。

「……有り難う。でもぼくは君とは行けない」
「何故!?」

 キラだけで議長から逃げ切れるわけがない。キラはその問いに答える。
 予想はしていたが、本人から聞きたくなんてなかったキラの選んだ道は――…。

「ラクスといくから」

 ラクス・クライン。
 やはりキラの答えは彼女しかなかった。

 それだけは絶対に許せない!絶対に彼女の元になど、いかせやしない!











「お前はラクスラクスラクスとそればかりだなっ」
「………」

 アスランの怒りは当然のものだ。
 ラクスは、アスランのものになるはずだった。それを奪ったのは自分。いや、アスランからだけじゃない。今や自分は、世界中のラクスを愛する人達から彼女を奪い、独り占めしている。そして永遠に返すつもりもない。

「そう言うのならアスランこそ、もうぼくに囚われるのはやめた方がいいよ」

ラクスを捕らえ、ラクスに囚われている自分を棚に上げて説教する資格なんてないけど、言わなくてはならない。

「ぼくに依存したって何も良いことなんてないし、むしろ不幸になる。ぼくのことは忘れて欲しい」



君を選べない。君を置いていくから。

君を苦しめることしかできなかったぼくなんか―――忘れて。