「今更っ」
「確かに今更だね。君がぼくへ抱く降り積もった恨みは、簡単に水に洗い流せるものではないと思う。――でもぼくに償うだけの時間は残されていないから」
「最後の方が聞こえなかったんだが…」
「あ、そうそう。死んだらぼくの身体は研究材料として提供するって契約書、議長に書かされたんだけどさ」
「は?」

 キラはこちらの話をちゃんと聞いていたのだろうか。
 殺さないとはっきり言ったのに。
 こちらの困惑を余所にキラは言葉を続ける。

「君に判断は委ねるよ。議長に渡すもよし!煮るも焼くもよし!放ったらかしにしてってもよいけど、腐敗する前にきっと議長が見つけちゃうだろうから、それなら多少の重労働が我慢してぼくを議長のとこまで運んで御褒美でも貰った方が得だと思うよ。って議長の人形になるなって釘刺ししたぼくがこんなこと言うのも矛盾してるか」

 矛盾というか、それ以前の問題だ。

「……キラ。言ってる意味がわから……」

 だがすぐにその意味を悟ることになる。キラはくたくたと膝を折ってその場に座り込んだのだ。

「キラっ!?」

 慌てて、彼自身もしゃがみ込んで、キラの顔を除き込むと、彼は顔面蒼白でまるで今にも――…息絶えそうで。


 ゾッとした。


「あのね。君に謝らなきゃいけないことが……」
「お前に謝られる覚えは山程あるが、全部チャラにしてやる!だから喋るな!病院に行こう!」

 抱き抱えようとするアスランの腕をキラは力なく拒否すると、ポケットから手のひらサイズのメダルを取り出した。見覚えがあるような気がするそれを、キラは震える手でアスランの手の平に置いて握らせた。

「盗んじゃったの……ごめんね」

 そうだ。これはまだ月の幼年学校に通ってた時に、何かの賞で貰い、無くしたメダルだ。
 実のところ、無くしたのではなくキラが盗んだことにアスランは感づいていた。メダルのことを尋ねた時のキラの反応が、分かり安過ぎたのだ。
 しかしメダル一つくらいどうでもよかったアスランは追及はせず、そしてすぐに忘れてしまった。
 なのにキラはずっと気に病んで?

「ずっとずっと…返そうと思った。謝ろうと思った。でもズルズルと……」
「馬鹿だな…キラは」

 しかしその愚かさが今は何よりも愛しくてアスランは笑ってしまった。
 キラも自らの愚かさを承知の上で微笑んだ。それは苦笑いであり、泣き笑いでもあった。

「嫌われたくなかったの」


 後、後一言だけ―…悔いの残らぬ様に。


「アスラン…だ…好き…から」






 言えた。

 これで思い残すことなく逝ける。
 最後まで自分勝手でごめんね。
 本当は百万回くらい土下座して謝らなくちゃいけなかったかもしれないけど、もう身体が動かない。声も出ない。視界も揺らいでいく。

 アスランの姿も声も遠のいていき……消えた。


 もう限界だな。


 いつも首にチェーンでかけて身に着けているラクスの指輪を服の上から掴む。
 そうしてゆっくり瞳を閉じれば、そこにはラクスがいた。

『キラ』
『ごめん。待った?』
『いいえ。私も今来た所ですわ』
『……疲れたね』
『そうですわね』
『休もうラクス。一緒に寝て一緒の夢を見よう』
『キラはどんな夢を見たいのですか?』
『………あの頃の夢が見たいな。アスランとラクスとぼくでピクニックに行ったこと覚えてる?』
『ええ。穏やな日でしたわ……』
『あんな優しい夢が見たい』
『きっと見れますわ。私達にはもう夢描く未来はない。あるのは輝かしく色あせることない過去だけ…』
『後悔してる?』
『キラといれない未来なんてゴミ同然のものに、惜しむ価値などありませんわ』
『ぼくも君といれない未来なんていらない。でも残してきた人々の未来が幸せであることだけは祈ってる』



 人は本当に傲慢だ。
 死して尚、願いという名の欲望は溢れ出す。

 例え魂が無に帰しても……アスラン、君の幸せを願う想いだけは消えない。